30.ご招待させていただくわ
「ノイベルト公爵……思い出したわ。私の政略結婚を持ち込んだ男ね」
皇宮で消えた二人の神官は、すぐに判明した。そのうちの一人が、ノイベルト公爵家の三男だった。叔父様は申し訳なさそうに謝罪する。止めないと、客間のソファーから降りて床で謝罪しそう。
「叔父様、気になさらないで。どの国でも身に巣食う敵は出ます。要は致命的になる前に、駆除すればいいんですもの……手伝ってくださいますわね?」
「もちろんだ」
いつもの口調に戻っている。付き添いの神官も護衛の騎士も、すべて部屋の外で待たせた。分厚い扉越しでは、声も拾えないでしょうね。
「フォルト兄様には、騎士団を動かす手配をお願いしました。あと、いくつかの貴族が不穏な動きをしていますので……そちらはエック兄様が絡めとる予定です」
戦う力を振るうなら、相応の証拠が必要だった。向こうから証拠と証人を用意してくれたのだもの。使わない手はない。にこりと笑う私の手には、椿の扇が一本。軽い音を立てて開いたり閉じたり。
「突入するのか?」
「いいえ、呼び出します。私、食べ物を粗末になさる方は大嫌いなの。叔父様はよくご存知でしょう?」
幼い頃、お茶会でドレスに紅茶を溢されたことがある。相手は公爵令嬢で、倍ほど年上だった。傲慢にも顎を逸らしてツンと澄まし「失礼」と短く、謝罪にならない音を吐き出した。言葉でも謝罪でも、声でもない。ただの音よ。
どうやら、年上を敬えと言いたかったらしい。出会った時の挨拶が気に入らなかったそうよ。皇女相手にただの貴族令嬢ごときが、どこまで思い上がっているのか。呆れたと同時に、やり返す手段が浮かんだ。まるで誰かに囁かれたかのように。
「気にせずともよいのですよ。私もガチョウに礼儀を説こうとは思いませんもの。叩いて躾けるだけですわ」
ガブリエラ様なら、こう答えたと思う。ふっと笑ってそう告げ、手にしていた飾りの扇で彼女の頬を叩いた。そこで反撃でもしてくるかと思えば、まさかの大泣き。呆れて溜め息が漏れた。ここで泣きながらテーブルクロスを引っ張った令嬢に、私の怒りが頂点に達したの。
テーブルクロスを雑に引っ張れば、上に載っている食器や食べ物がすべて落ちる。自分の癇癪で食べ物を無駄にした行為、それが許せなかった。私の母は神殿の慈善事業にも参加しており、貧しい子らの支援をしている。
ここにあるお菓子の粉は、誰が育てたと思っているの? 卵は誰が集めた? 食材を無駄なく使う料理人の苦労を、あなたは捨て八つ当たりで無駄にしたのよ!
お金を払えば済む問題ではなかった。ここにあるお菓子を一つ、どれだけの子が食べたいと願うか。残れば使用人や施設に下げ渡される。それを楽しみに待つ子の笑顔を、一瞬で踏み躙られた。
腹が立って、その公爵令嬢を皇宮へ出入り禁止にしたわ。ガブリエラ様とお母様に相談したら、すぐだった。たとえ皇族に連なる血を持つ公爵家であろうと、皇族と同等ではない。あの事件はかなり尾鰭背鰭をつけて、社交界を泳いだはず。
「さすがに俺も知っているぞ。あの時は取りなしを求めて公爵が神殿に訪ねてきたからな」
結局処分の取り消しはなく、他国へ嫁いだと聞いたけれど。にやりと笑う叔父様は、魅力的だった。座ったソファーの背もたれから身を起こし、叔父様に顔を寄せる。これからの計画を話し、協力を要請した。
「承知した。任せろ」
私、この口調の叔父様のほうが好きみたい。すっと立ち上がった叔父様が、扉を開けた。外で待たせていた神官達を連れて一礼し、ゆったりと去っていく。帰り道に、親族が集まるお祝いの会があると話すでしょう。皇族だけでなく、公爵家も招待する。
ええ、ご招待しますとも。ノイベルト公爵……かつての愚かな公爵令嬢より厳しく、躾けて差し上げますね。




