27.裏切り者を作ればいい
毒見役に関しても、離宮での静養を命じた。彼が危篤であると振る舞う必要があり、申し訳ないけれど家族には泣いていただく。皇宮で殉職する可能性が高いため、家族は連絡を受け取っても会わせろと言わなかった。
「さて、ルヴィ兄様の影が集めた情報をくださる?」
エック兄様の執務室で、こてりと首を傾げた。貴族の名がずらりと記されたリストに目を通す。応接用のソファーに腰掛けた私の正面で、お父様とガブリエラ様がイングリットに構っていた。たくさん寝たからか、ご機嫌のイングリットははしゃいだ声を出す。その度に二人の顔が笑みで崩れた。
「可愛いのぉ」
「マインラート、次は私の番だ!」
抱っこする順番を奪い合う二人に、イングリットは丸い目を瞬く。
「この色が濁っていたら……想像だけでゾッとする」
ガブリエラ様の発言に、お父様も頷いた。リヒター帝国の皇族にとって、瞳の青は大きな意味を持つ。父方母方関係なく、必ず同じ青を持って生まれてくる。この目の色が違えば、皇族と認めなかったでしょう。
「産まれたとき、真っ先に確認しましたわ」
「そうだろう。見事な帝国の青だ」
リヒテンシュタットの頃から、リヒテンシュタインになっても、この青は受け継がれてきた。一族の優性遺伝だが、他家に出ると三世代目には現れない。まるで魔法のようだと称したのは、数代前の皇妃陛下だ。逆に呪いではないかと呟いたのは、不敬で首を落とされた当時の公爵だった。
私が外へ嫁いでも、イングリットには引き継がれる。ただし、私の孫には現れないはずよ。本家に残った場合、何世代経ても問題なく青い瞳は遺伝した。出戻ったら、どうなるのかしらね。貴族がこぞって欲しがる青瞳で瞬き、渡された報告書も読んで頭に入れていく。
「ほとんどが帝国貴族でしたが、アルホフ王国とデーンズ王国にも報告が入りましたね。それから、プロイス王国もです」
説明しながら、エック兄様は別の報告書も広げた。デーンズ王国はアディソン王国を支援していたから理解できる。軍事同盟に参加したアルホフ王国も納得できた。四つの王国が参加した同盟だが、ブリュート王国はすでに属国としたので、間諜を出すどころではない。
プロイス王国は帝国の傘下だけれど……嫌な感じがするわね。同じく傘下に入り、支配される二カ国は大人しい。頭の中に地図を浮かべた。左側からデーンズ王国、接するアディソン王国、中央が我がリヒター帝国だ。地図の上、北に位置するブリュートとアルホフ。アディソンの下、領地を接する国がプロイスだった。
動かなかった二つの王国は、リヒター帝国の右、東側に広がっている。とんとんと報告書を指先で叩き、私は考えを巡らした。どの国が敵で味方か。いえ、支配下に組み込めるのか……。
「アルホフ王国は……使えそうね」
「王は野心家だが、孫が生まれてから大人しくなった。使い道はあるぞ」
ルヴィ兄様が賛同し、エック兄様も追従する。
「でしたら、搦手でいきましょうか。デーンズやアディソンと繋がりがあるのはわかっています。先日落としたブリュートの王が、ご丁寧に軍事同盟の資料を保管していましたからね」
にっこり笑って差し出す資料を手に取った。
「楽しそうだ、私も一口噛ませてもらおうか」
ガブリエラ様の参加表明に続き、イングリットを構うお父様も口を挟んだ。
「戦争をせぬなら、裏切りは切り札になるぞ」
裏切り者を作り出し、内部から崩壊させろ。残酷な策をさらりと口にしたお父様から、ガブリエラ様がイングリットを奪う。
「お二人とも、イングリットは乳幼児ですわ。もっと優しく扱ってくださいませ」
首が据わったばかりですのよ。叱る口調に、二人はなぜか緊張した面持ちで「わかった」と素直に返した。




