26.解毒薬は口に苦し
フォルト兄様はすぐに診察を受け、解毒薬を口に入れられる。ぐぉおお! すごい声で転がり、ソファーから落ちた姿を見て顔を引き攣らせた。あれ、すごく苦いと思うわ。
飲まずに済んだことにほっとする兄達と顔を見合わせ、大きく息を吸い込んだ。
「きゃぁああ! お兄様ぁ!」
通る声で叫ぶ。それからテーブルの上のカトラリーを落とし、わざと外へ音を聞かせた。これで勘違いして動いてくれるかしら。この部屋にいる給仕の侍従達は、しばらく拘束させてもらう予定よ。それで、さらに噂を煽るの。
「エック兄様、お願いね」
小声で頼み、部屋にいた侍従達は離宮へ向かう。奥の宮にある離宮は、名前と違い同じ建物内にあった。かつて後宮だった頃、他国から略奪した姫君を閉じ込めたとか。なんとも酷い秘話がある曰くつきだった。姫君を監禁する宮だからか、繊細な彫刻が施された造りのいい場所だ。
ご先祖様のやらかしが事実だと知らしめるように、出入り口が一つしかなかった。誰かを監禁するには最適ね。豪華な食事と綺麗な部屋を与え、臨時報酬も支払うから、ゆっくりしていて。その間に引っかかる獲物を釣らなくては。
「私も手伝おう……フォルト! しっかりしろぉ!」
ぼそっと呟いたガブリエラ様が、予備動作なく叫んだ。その声は私より響いたのではないかしら。ばたばたと廊下の足音が聞こえ、顔を見合わせる。扉や壁が厚いから、あのくらい叫ばないとダメなのね。
「ルヴィ兄様、影は動かした?」
「もちろんだ。すでに半数が追跡に入っている」
「あら、そんなに……」
思ったより間諜が多いようだ。皇族のプライベートな晩餐会の詳細を知りたい方が、こんなにいるなんて。次は招待してあげましょう。
「では……孫を見にいくか」
「お父様、さすがにまずいですわ。後でこっそりと連れて行きます」
フォルト兄様に毒が盛られ、ガブリエラ様や私が悲鳴をあげる事態なのよ。のんびりとお父様が孫を見に行ったら、嘘がバレてしまう。がっかりした様子で肩を落としたお父様だが、すぐに拳を握って復活した。
「毒を使った馬鹿を、八つ裂きにしてくれる!」
「私の邪魔をなさるなら、イングリットには会わせませんよ」
「……なんでもない」
お父様は本当に頭に血が昇りやすいんですから。顔立ちは似ていても、エック兄様に引き継がれなくてよかったわ。大人しくなったお父様に、肩を叩いて大笑いするガブリエラ様。この夫婦がうまくいく秘訣は、性格の違いにあるのだと思う。
「しかし……皇帝たる私がいる場所で、父上や母上もおられるというのに毒、だと? 愚かなことだ」
「まったくです。随分と舐められていますよ、兄上」
ルヴィ兄様の低い怒りの声に、笑みのないエック兄様が同意する。このタイミングで動けるなんて、どう考えても国内貴族の仕業だもの。
「なあ、俺はもう起きてもいいか?」
「もう少し、毒にやられたフリをしてらして。フォルト兄様」
すっかり毒を中和して元気なフォルト兄様は、不満そうな顔で「わかった」といい子の返事を寄越した。先ほどはまずい解毒薬を飲んでいましたし……屈んで頭を撫でれば嬉しそう。兄というより、弟みたいね。




