07.身の丈に合った役割 ***モーリス
どこで間違えたのか。そもそも生まれたこと自体が、誤りだったのかもしれない。母は好きでもない男の子を産んで育てた。それはどんな気持ちだったのか。あの頃の俺が聞くことはなかったが、今になると聞いておけばよかったと思う。
気合を入れて洗うシーツが綺麗になってきたところで、声がかかった。同時に、大量のタオルが重ねられる。もちろん洗濯前のタオルだ。
「おい! モーリス、それが終わったらこっちも頼む」
「はい」
元アディソン王国の王弟という地位は、この大陸で何の意味もない。アディソン王国は滅び、隣国リヒター帝国に吸収された。その引き金を引いたのが、俺だったなんて……なんとも皮肉じゃないか。
任された洗濯場を守るのも、立派な仕事だ。王の御落胤とやらでいるより、ずっと気が楽だった。あの頃は気づけなかったが、皆、俺に遠慮していた。忖度して負けてみせ、俺の腕を褒め称えた。王制なんだから、当然だろう。
それがお世辞だと気づかぬまま、愚鈍な俺は強い気でいた。隣国の姫を妻として迎え……最高の時間を過ごさせてもらった。
洗い終えたシーツを隣のタライに放り込み、汚れたタオルを引っ張る。石鹸を使って、擦り始めた。新しく用意してもらった洗濯板は、とても使い勝手がいい。慣れた手つきでタオルを綺麗にしていく。単純だが気持ちのいい仕事は、俺に向いていた。
――妻ではなく他人ですわ。
彼女は俺にそう言い放った。別の男の腕を取り、美しい顔に笑みを浮かべたまま……俺を切り捨てた。残酷な行為に見えるが違う。あれで、俺は楔から解き放たれたんだ。まるで呪いのように絡みついていた『アディソン王族』の肩書きが、完全に砕けた。
もう王族じゃない。だから彼女の夫でもない。いや、そもそも……俺はあの人に相応しくなかった。だから元に戻っただけだ。互いに住む世界が違う、本物のお姫様だったんだから。
綺麗になったタオルを広げ、絞ってシーツの上へ。汚れた二枚目のタオルを洗い始める。黙々と作業する俺に、嫌がらせはない。それどころか、仕事が終われば鍛錬も付き合ってもらえる。食事もしっかり与えられ、差別された覚えはなかった。
綺麗な部屋で眠り、自分で洗っているが清潔な衣服もある。破れれば、新しい衣服が用意された。もちろん、平民用の綿服で中古品だ。新しい絹を着るなんて、貴族だけの特権だった。以前は何も思わなかった当たり前が、いかに恵まれていたか。
前王妃に嫌われたからなんだ? 兄に利用されたのも当然だろう。学ばなかったから騙されたのだ。前王妃にしたら、夫の浮気相手の子なんて見たくもないはずだ。殺されなかっただけマシ、今になればそう思う。
三枚目のタオルを洗う手を止め、額の汗を手の甲で拭う。少し離れた場所から、木剣同士の甲高い音が響いていた。誰かが鍛錬しているのだ。その音が心地よく、この生活に満足している自分に気づく。
多すぎる金は要らないが、最低限の生活の保障は欲しい。贅沢な願いなのに、ここでは叶ってしまう。以前の膨れ上がった筋肉は減った。細くなったように見えるが、逆に胸や太もも、首周りは硬い。見せかけだけの筋肉が落ちて、必要な部分だけが強化されたらしい。
体が仕上がってきたと褒められたのは、つい先日だった。
妻ではなく他人、か。突き付けられた言葉は、その通りだ。もう名を呼ぶこともないあの人は、相応しい相手を見つけて結婚した。今度こそ幸せになってほしい……夢のような生活で生まれたあの子も……。
ああ、そうか。俺はずっと彼女に固執して、娘のことを考えなかった。思い出しもしなかったのは、興味の対象外という意味だ。申し訳ないことをしたな。思いながら、最後のタオルを絞る。濯ぐ前のタオルやシーツのタライを担ぎ、川辺へ移動した。
覗き込んだ水面に映る俺は、すっきりした顔で……苦笑いした。妻子を失ったと考えるか、自由にしてもらえたと喜ぶか。俺は後者を選ぶクズなんだろう、と。
さっさと濯いで干し、鍛錬に加えてもらおう。気持ちを切り替えて、今日も砦の一員としての役割を果たす。そのために手を動かした。




