04.私は恵まれている ***ルートヴィッヒ
驚くほど、治世は安定している。すべて有能な弟妹や優秀な妻のお陰だ。人を集める以外に才能のない私だが、家族や部下に恵まれた。文に秀でた父と武の申し子である母の間に生まれ、どちらの能力も引き継がなかった。ほどほど、それなり……そんな評価が似合う。
人心を掌握し、操るかのように周囲を思いのままに変化させる妹ヴィクトーリア。彼女は先の先を読んで動く。その考えについていけるのは、上の弟である宰相エッケハルトだった。悔しいが私では理解してやれない策や謀略も、エックは平然とサポートする。
デーンズ王国との戦いでは、下の弟フォルクハルトが活躍した。父の側妃となったシュナイトの女性騎士そっくりの気性と強さを受け継ぐフォルトは、驚くべき強さを見せつける。その部下となった副官達の活躍も凄かった。
あのまま宮殿に攻め込めば、皇帝の座を奪うのも容易だろうに……。唆しても、面倒と言い放って笑う。屈託なく裏表のないフォルトは、妻にしたアデリナと二人でトリアにべったりだった。
若い頃はよく、妹ヴィクトーリアに嫉妬したものだ。文武両道、才色兼備、これほどの人物が「ヴィ」の称号をはく奪されなかった。それは父母がいずれ、帝位を妹に渡すのではないかと。懸念して距離を置いた時期もある。だが杞憂に終わった。
「ルヴィ兄様の心配を取り去って差し上げますわ」
そう言って、あっさりと他国に嫁いだのだ。大したトラブルではないため、皇妹が嫁ぐほどの賠償は不要なのに……己の身も取引材料の一つとして扱える。その強さと度量に感服した。同時に未熟な自分の器を自覚する。
「ルヴィ兄様が皇帝陛下でなければ、リヒター帝国の大陸統一は叶いませんの」
意味ありげにそう告げたトリアは、言葉通りに大陸の王国を帝国の一部として組み込んでいった。策略と謀略、血生臭い戦いを織り交ぜて。あっという間に新しい世界を作り上げた。その手腕をすぐ近くで味方として享受するうち、唐突に悟った。
――ああ、だからトリアは「ヴィ」を保持しつつ、女帝とならないのか。
皇帝と同等の権力と影響力を持つ存在であり、玉座には座らない。無冠の女帝と呼べばいいのか? とにかく、トリアがいなければ私の地位は意味がない。私がいるからトリアは女帝として縛られることがない。互いに補い合い、奪い合い、与え合う。
「これは勝てないな」
苦笑いが浮かんだ。執務室の椅子がぎしりと軋んだ。背もたれに全身を預け、天井を仰ぐ。トリアは妹に生まれ、女性であったから役目を果たした。他国の血を入れ、皇族の直系の濁りを薄める。女性としては屈辱的とも思える役目を、当たり前としてこなした。それこそが、彼女を女帝たらしめる。
敵うわけがない。覚悟が違いすぎた。
「お父様、行ってきます」
ヴィクトーリアそっくりの長女ジルヴィアが、挨拶に顔を出した。これから父母が隠居する海辺の別邸へ向かう。休暇を兼ねているのに、仕事をすべて終わらせたと聞いた。こういうところも、実母そっくりだ。
「ああ、楽しんでおいで。土産は楽しんだ話を聞かせてほしいな」
「はい、必ず」
約束した娘は、スカートを翻して出ていく。マルグリットは先ほど挨拶に来た。せっかくだから見送るつもりだったのに、先に挨拶に来られたら出にくい。身を起こして窓際に立つも、ここからは出発する馬車は見えなかった。
楽しんでおいで、たくさんの経験を積んできたらいい。少し曇った空を見上げ、雨が降らないようにと祈った。仕事の山と戦う父に出来るのは、祈るくらいだからな。




