205.結婚したてのファーストダンスを
慎ましやかな装いで、二人の女性が微笑む。私の呟きに反応したのは、エック兄様だった。即座に私の視線を辿り、驚いた顔をする。いま、生きている側妃は二人だけ。私の実母は亡くなっているから、エック兄様を生んだ辺境伯家のご令嬢とフォルト兄様の母であるシュナイト王国の女性騎士だった方。
皇族席に並ばず、臣下の位置に立つ。それこそが、二人の気持ちを表していた。我が子の晴れ姿を正面から見られるけれど、自分の功績にする気はない。宰相と元帥まで上り詰めた息子達を誇りこそすれ、その権威で自らを飾ろうとしない。
ガブリエラ様の目は本当に確かだわ。ルヴィ兄様に引き継がれた人誑しの才能は、この二人の人生を巻き込むほどに眩しかった。まあ、私の母もあっさりと光に飛び込んだ口でしょう。その眩しさで己の羽が焦げ、飛べなくなると知っていても。なお魅力的に感じてしまった。
私達が声を掛けて目立つのはまずい。あとでお呼びして感謝とお礼を伝えることにしましょう。まずは顔を上げて、主賓の一人である役目を果たすこと。クラウスと組んだ手を引きよせ、ガブリエラ様を目で追う。あの方が呼んだのよね。
どんな気持ちだったのかしら。自らに二人目の子が授からないと判断し、有力な家の令嬢を選んで宛がう。国と夫のためにお膳立てをした夜、寂しさに枕を濡らす……いえ、想像できないわ。ガブリエラ様なら、ワインを瓶で直飲みするくらいの豪気さがある。
どんなに表面を取り繕っても、もやもやする気持ちは捨てきれなかったはず。だからこそ後宮を纏め、それぞれに子が授かるよう尽力したガブリエラ様の凄さに震える。
「トリア?」
「なんでもないわ」
毅然と顔を上げて、ルヴィ兄様の挨拶が終わるのを待った。エック兄様は時折視線を向けていたが、軍人らしく姿勢を正したフォルト兄様は動かない。挨拶が終わると、貴族が中央を空けた。この国では、主賓や客人がダンスをする風習がある。
まず皇族や大公、公爵が踊る。来賓の客人がいれば共に踊り、二曲目から他の貴族が加わっていく形だった。そのため公爵以上はもちろん、大使を任される貴族もダンスは必須項目だった。踊れなければ、この国で社交は出来ないとまで言われる。実際はそこまででもないのよ。
ルヴィ兄様がマルグリットの手を取って中央へ立つ。囲むようにエック兄様とコルネリア、フォルト兄様とアデリナ、私とクラウスが位置を決めた。少し離れてお父様とガブリエラ様、ライフアイゼン公爵夫妻などが取り囲む。他国から来た祝いの客人達も、思い思いにパートナーと腕を絡めた。
緩やかに曲が始まり、途中でテンポが変わる。けれど、最後はまたゆったりと終わるのだ。この曲は定番で、誰もが踊れる曲として幼い頃から習う。考えるより早く足が動き、パートナーと息を合わせて回る。タイミングは自由なので、踊る人により印象が変わった。
「クラウス、上手ね」
「靴の底が擦り切れるほど、練習してまいりました」
あなたのためです。そんなニュアンスの答えに、くすくすと笑ったら、くるりと回された。私だけ? そんな視線を受けて、クラウスが私の腰を掴んで持ち上げて回る。高さと派手さで目立ったけれど、花嫁の一人なのでご愛敬ね。
本来は踊るためのドレスではないから、少しだけ裾を短くしてきたの。直してくれたエリーゼのお陰で、裾を踏まないで済むわ。フィッシュテールの角度を少し弄っただけよ。アデリナもふわふわのドレスでくるくると回る。体幹がしっかりしたフォルト兄様とのダンスは、まるで剣舞のようだった。
真面目さが出てきっちり踊るエック兄様達と違い、ルヴィ兄様はマルグリットの周りを自分が回った。女性が回ることが多いだけで、別におかしくはないけれど……尻に敷かれる宣言みたいだわ。ある意味、当たりかも? 楽しく踊って、二曲目が始まったところで場を譲る。
「側妃様達が……」
いないわ。想像できたことなのに、少しがっかりしてしまった。




