202.そういえば誰だったのかしら
屋敷に帰って、ふと気になったことを口にした。
「ねえ、クラウス。さきほど、叔父様の部屋の前で会ったのは、アディソン領のホラーツ大神官で間違いないのよね?」
「はい、ウルリヒ大神官様がそう言い切りました」
おかしいわ。私はあの領地がアディソン王国だった頃に嫁いでいる。当然顔を合わせたし、ジルヴィアがまだ「イングリット」だった頃、祝福を受けに行った。神殿で直接話をしたのに。
「私の知る方と違うのよ」
入れ替わったのかしら? なぜ、どうして? いつ……。浮かんだ疑問に、手が銀髪に触れる。耳のあたりから左手で髪を梳くように触れるのは、考え事をしているときの癖ね。落ち着くから自然と手が動くの。
「別人、ですか?」
「……印象が違う、程度ではないわね」
確かに、デーンズ王国の先代王の采配で神殿がおかしな動きをした。アルホフやブリュートの大神官が敵に回る可能性があって、叔父様が手を打ったはず。今日出会った大神官は「アディソン領にある神殿の大神官」ではあるけれど、「ホラーツ殿」ではないわ。
「叔父様ったら、随分と手を広げたこと」
突然腑に落ちて、私は笑ってしまった。他国の大神官と面識のある者は少ない。アディソン王国の王族は一人を除いて、処罰されて地位も名誉も失った。財力や命をなくした者もいる。言わずもがな、元王族として生き残ったモーリスが例外よ。
ホラーツ大神官の顔を知るのは、神殿の関係者のみ。となれば、彼が別の人物に入れ替わっても、誰も気づかない。いえ、誰も騒がないように周囲も入れ替えた。そんなことが可能なのは、大神官達に強い影響力を持つ叔父様だけ。リヒター帝国の属領となったことも影響しているわね。
そのタイミングで神官を移動させたら、誰も疑問に思わない。
「……恐ろしい方ですね」
「うちの一族だもの、仕方ないわ」
あなたもその一員に名を連ねるのよ? くすくす笑ってベッドに入り、待っていたクラウスの首に腕を回す。熱いキスを交わし、彼の腕を枕に体勢を整えた。
「お披露目の宴が三日間、長いわね」
「最終日にお願いがあるのですが」
疑問形というより、叶えてくれと懇願するような響きだ。気に入ったので、叶えてあげると約束した。この男は約束したとしても、直前に無理と言われたら我慢する。そのくらい私に惚れているんだもの。きっと楽しい提案だと思うの。
「ありがとうございます……断られたらと心配していました」
「その口調、直らないの?」
「では、ベッドの中でだけ……というのは?」
質問に質問を返すなんて。他の人がやったら遣り込めるところよ。まあいいわ、意外と私……惚れた男には甘いみたい。
「いいわ。私も一つ、願いを叶えてもらうから」
にっこり笑って、唇を重ねた。そのまま目を閉じて、彼の反論を聞かない。明日も忙しいのだから、早く寝なさいね。そんな意味を込めた寝た振りに、クラウスが身じろぎした。額に唇が触れた? 柔らかな感触に目を開きそうになり、ぐっと堪えた。
駆け引き上手な夫で嬉しいわ。一生、飽きなくて済みそう。




