201.叔父様へのご挨拶とお礼に
今夜はフォルト兄様とアデリナにとって、大切な夜になる。クラウスが請け合ったから大丈夫だと思うけれど、アデリナの教育は済んでいるのよね? 心配になってガブリエラ様に尋ねたら、肩を竦めて何でもないことのように返された。
「イエンチュ王国の女は十二歳で閨教育を受ける。最初から最後まで知っているぞ」
……最初から最後まで、って。ちらりとクラウスを見れば、彼は焦った様子もなく微笑んだ。こくりと頷いてぎこちない笑みを浮かべる。
「男に不備があっても、指摘するような女でもあるまい。アデリナに任せておけ」
「ガブリエラ様、普通は逆ですわ」
娘に告げる言葉を、息子に向けている感じね。ただフォルト兄様も自信満々で過ごしていたし、事前に説明を受けたのだから問題ないはず。こんなこと、妹でしかない私が心配する羽目になるなんてね。
「それより明日から披露宴だ。フォルト達以外は、控えたほうが良いぞ?」
にやりと笑って釘を刺すガブリエラ様に、マルグリットやコルネリアが顔を逸らした。首筋まで真っ赤で愛らしいわ。ルヴィ兄様はそっぽを向いて聞こえない振り、目を閉じてやり過ごすエック兄様。クラウスは平然と笑顔で受け流す。
私はもう慣れたものね、ガブリエラ様の言葉に揺れたりしないわ。お父様がそわそわしているのが気持ち悪……失礼、気になるけれど。
「ジルヴィアの顔を見て帰りましょうか」
「明日の朝にしませんか? 着替えのために早朝から中の宮に入りますし」
クラウスの言葉に、それもそうねと頷いた。神殿からの帰りに宮殿を経由すると、公爵邸は方角が違う。ぐるりと回ることになるから、時間がかかるわ。明日の早朝から宮殿入りするのは事実なので、同意した。
「では、叔父様へのご挨拶を優先ね」
「お供いたします」
相変わらず、大人しい公爵の顔で振る舞う。普段から豪快な俺でいても、誰も気にしないと思うわ。何度もそう告げているのに、クラウスは仮面を外すのを嫌った。
腕を組んで、叔父様の部屋に向かう。勝手知ったる神殿の奥、私室の前で別の大神官に出会った。ちょうど出てきたところみたい。
「結婚式の祝福をありがとうございました。大神官様にも神々の祝福がありますように」
定番の挨拶とともに、結婚式でのお礼を告げる。リヒター帝国の大神官ではないが、顔だけで誰か判断がつかなかった。そのため固有名詞を避けて、一般的な挨拶に留める。
「ご丁寧に、ありがとうございます。では」
名乗らず、ゆったりと背を向けた初老の男性を見送る。そういえば、大神官に女性っていなかったわね。突然、関係ないことを思い浮かべながら、目の前の扉をノックした。
「大神官ウルリヒ様、ヴィクトーリアがお礼に参りました」
神殿内では、私室以外で「叔父様」と呼ばない。明確なルールではないけれど、できるだけ気を付けてきた。扉は内側へ開かれ、叔父様に迎え入れられる。
「ローヴァイン公爵夫妻、どうぞお入りください」
叔父様も穏やかな口調で、仮面を被って対応した。私の周囲の男性は、こんなタイプばかりだわ。続いた四組の結婚式のお礼を告げ、他の大神官の動向を知る。私室なので、口調がいつも通りに戻る。
「叔父様、先ほどの神官は?」
「アディソン領のホラーツ殿だな。明日の朝立つと挨拶があった」
花茶の香りが広がる。目の前にポットを置いて、叔父様が茶菓子を取りに行った。その間にクラウスが丁寧に注ぎ分ける。色の濃さが平均になるよう、少しずつ回して入れていくのがコツだった。
「白い花茶だわ」
「トリアの好きなお茶だ、切らしたことはない」
笑顔で向かいに腰掛けた叔父様の言葉に、クラウスが応じる。神殿への捧げもののほかに、神官へ個人的な贈り物も許されていた。ただ、中身は食べ物に限られる。宝飾品や金、売り捌ける物品は賄賂として没収されるのだ。
「今後、白い花茶はローヴァイン公爵家から寄贈いたします」
「素晴らしい、楽しみにしておこう」
穏やかな会話を楽しみながら、お茶に口を付けた。




