19.神々への侮辱となる越権行為
コンラートの差し出した封筒には、封蝋がない。代わりに椿の透かしが入っていた。やや厚い封筒に期待が高まる。ナイフを当てて開封し、便箋を取り出した。その後ろから報告書らしき数枚の紙も出てくる。
「さすがね、叔父様」
こんな短時間で、報告を上げてくるなんて。神職へ預けるには勿体無い実力者だわ。一国の宰相職も軽々とこなしそう。
挨拶、気づけなかった詫び、私への穏やかな気遣いの言葉……署名まで一気に読んだ。それから報告書に目を移す。
「叔父上か。久しぶりに会いに行こうか」
ルヴィ兄様はにこりと笑う。その声や表情に、黒い感情は見えなかった。だからこそ怖いの。一見すると弟妹の方が優秀なのに、ルヴィ兄様は人を誑かす。自覚なく、周囲の有能な人を見抜いて連れ帰ってきた。だから皇宮は人材が溢れている。今回も「うっかり」誰かを連れてこなければいいけれど。
神殿の心配をしながら、頭の中で情報を整理する。読み終えた報告書を机に置けば、すぐにエック兄様が手に取った。頷いて読むよう促す。
「意外と単純な手口だったわ」
複雑にすれば途中でミスが出る。しかし今回は簡単すぎて、誰も疑わなかった。
私の結婚式は、敵国へ行けない兄達に見せるため、リヒター帝国で挙げた。リヒター帝国の皇族や貴族がこぞって参加したわ。でもこの場では、神殿へ婚姻届を出さなかった。叔父様はとても残念がっていたわ。私の婚姻届を受け取りたかった、と。
嫁ぎ先になるアディソン王国でも、王侯貴族が参加して結婚式が行われる。ここで婚姻届に署名したの。一般的には式を行った神殿で書くのだけれど、王宮で名を記した。ここで隠されたのね。庶子であっても認知された王族との結婚、その認識だったから私も気にしなかった。
ともあれ、アディソン王国の神殿には「リヒター帝国の神殿に納められている」と説明したらしい。叔父様が皇族だから、納得したのね。ところが帝国では提出されていない。
叔父様は、こう考えた。嫁ぎ先でも結婚式をするなら、そちらで提出されたのだろう。どちらも「お互いに持っている」と認識していた。すごく単純な手口で、だからこそ誰も確認しなかったの。まさか国を跨いで繋ぐ政略結婚が、偽装されるなんて想像もしなかった。
「単純すぎて……ボロが出ない。こんな手法があるなんてね」
おそらく敵は何も考えていなかった。帝国で出していないなら、王国側で秘匿したら曖昧になると考えたんだわ。
「神殿が婚姻届を受理していないなら、今度は私の番だわ」
神殿にとって国境は意味をなさない。信者がいる地はすべて、支配地域だった。彼らは神々から人の一生を管理する権限を得ている。その権限は、どれほど強大な国でも手出し無用とされてきた。
「禁忌に手を出したのなら、神罰が下る……」
叔父様が最後に綴った文字は、途中でインクが滲んでいた。腹が立ち過ぎて、ペン先を折ったみたい。これは神々への侮辱であり、完全なる越権行為だわ。大陸中の神官と信者を敵に回して、生き残れるはずないでしょう?




