18.ゆっくり削いであげる
国境へ向かったフォルト兄様から手紙が届いたと聞き、ルヴィ兄様の執務室へ向かった。皇帝陛下の執務室は、当然ながら護衛の騎士に守られている。王命が出ていたのか、お伺いを立てる前に扉は開かれた。彫刻の施された重厚な扉をくぐれば、宰相であるエック兄様もいる。
「ああ、来たね。トリア」
微笑んだルヴィ兄様が手紙を差し出す。まだ封が切られていなかった。封蝋くらい持っていけばいいのに、フォルト兄様は使わない。糊で張り合わせた部分に署名を重ねる横着さは、逆にフォルト兄様らしいわ。皇族や大公には相応しくないけれど。
「こちらですのね……解読は、私が?」
「ええ、お願いできれば助かります。トリアが一番早く確実に読み解けますから」
エック兄様は柔らかな口調で、私に丸投げした。口がお上手ですこと。知ってますのよ、エック兄様の方が早く解読なさるのでしょう? でもフォルト兄様の手紙を一番受け取るのは私だから、だいぶ慣れてきた。
ナイフで封を切り、中の手紙を取り出した。
フォルト兄様の手紙は、いつもながら文字が汚い。崩れているとか、そんなレベルではなかった。ほぼ暗号に近い。解読することに慣れた家族でも、すらすらと読むのは無理だった。数箇所、首を傾げながらも目を通す。
前後の繋がりを考えて言葉を当て嵌めた。手前の紙に書き直した内容は、夫を騙った不遜な詐欺師に関する報告ね。フォルト兄様はきちんと約束を守ってくれた。無駄なプライドをへし折り、殺さずに罪人の塔へ閉じ込めている。
「フォルト兄様は先に戻られるそうよ」
「では、次は僕の番ですね。フォルトには負けられません」
エック兄様はにやりと笑う。悪いお顔なのに、魅力的だわ。母親が違う為か、私達四人は全然似ていなかった。王侯貴族である以上、顔が整っているのは最低条件だ。
凛々しくきりりとした目元が印象的なルートヴィッヒ兄様は、先代皇妃様の雰囲気にそっくり。エッケハルト兄様のお顔は、お父様に似ていた。優しげで柔らかな雰囲気なのに、口を開けば辛辣だ。末のフォルクハルト兄様は、女騎士だった側妃様譲りの豪快さと、頼り甲斐のある体躯が特徴だった。
華やかな私と並んでも、三人が兄には見えない。肌はもちろん髪色さえバラバラで、瞳の青だけが共通点なの。皇妃様が優れたお方で、誰の子でも関係なく豊かな生活を送らせてもらった。学びたいと口にすれば、優秀な教師が得られる。恵まれた環境で、それぞれに才能を特化させた。
フォルト兄様は筋肉バカだけれど、戦の機を読むことに長けている。その点で失敗する心配はなかった。ただ……直情的なので、モーリスを殺す心配は尽きなかったけれど。
「アディソン王国の手足を、ゆっくり削いでいくの。指先からじわじわと……気づいた時には取り返しがつかないほどに」
フォルト兄様は敵の……そうね、親指くらいは削いだ。モーリスの価値はその程度だわ。次はエック兄様が爪先を奪う。作戦の絵図は、すべてこの手にあるわ。あとはパーツが揃うのを待つばかり。
「ご歓談中失礼致します。緊急のご連絡です」
母の専属執事だったコンラートだ。いまは私の執事を務める彼の手に、一通の手紙が握られていた。パーツが、揃い始めたかしら?




