146.罠を仕掛けるなら完璧に ***SIDEクラウス
大人しく守られる人なら安心なのに。そう思う反面、ただ守られるだけのトリア様が想像できなかった。皇族の血を薄めて外の血を取り込むために、他国へ政略結婚に出向く人だ。子が生まれたら理由をつけて離婚する気だったと言うのだから、一般的なご令嬢の範疇ではないだろう。
離婚は醜聞と考え、横暴な夫に我慢する夫人も多い。貴族は体面を気にして、見栄で生きていく。帝国貴族の頂点に立つ皇族でありながら、トリア様は自由奔放だった。ジルヴィア姫を皇帝陛下の養女にして、自らも母親としての役目を果たす。
「クラウス、夜会のドレスはこれにするわ。色を合わせて頂戴」
鮮やかなマリンブルーのドレスは、ややゆったりした作りになっている。体に沿わせるデザインが好きなトリア様らしくなかった。
「こちら、ですか?」
怪訝そうに問えば、にこりと笑って説明してくれた。
「婚約者となるあなたを連れて、体の線が出ない服で出向く。どんな理由が考えられるかしら?」
「妊娠でしょうか。それ以外ですと、おケガをなさった可能性もありますね」
「ええ。未婚だけれど子を産んだ元皇女が、体のラインを誤魔化す服を着るなら、その辺が妥当よ」
罠にかけるつもりか。囮などやめていただきたい。歎願しても、この方は微笑んで首を横に振るだろう。想像がついた私は別の言葉を選んだ。
「でしたら、靴も踵の低いものをお選びください」
驚いた顔で目を見開く。止めると思ったのに、私が賛成したからか。後押しするような意見に、彼女はくすくすと笑い出した。私の指先を掴んで、こてりと首を傾げる。
「いいの?」
「止まらないのなら、安全を確保するまでです」
頭の中で、夜会参加者のリストを浮かべた。ターゲットになりそうな危険な者、ローヴァインに従う貴族、様子見をするであろう家。分類して策を施す。そのくらい出来ずに、トリア様の婚約者を名乗れないだろう。
「エック兄様は参加なさるわ。婚約者の実家ですもの……仕掛けるなら最高の舞台よね」
仕掛けるのはこちらではない。トリア様やライフアイゼン公爵令嬢に危害を加え、引きずり込もうと考える賊どもだ。奴らが仕掛けた罠を利用し、逆に捕らえる。
「エーデルシュタイン大公閣下も間に合えばいいのですが」
逮捕劇が楽になる。その程度のつもりで呟いた私に、トリア様は眉尻を下げて「たぶん、駆けこんでくる気がするの」と返した。駆けこんでくる? 夜会の会場に!? ……あの方なら、あり得そうだ。顔を見合わせて笑ってしまった。
黄金の装飾品に、真珠を合わせた。目の覚めるような青い絹を海に見立て、白とピンクのパールを用意する。ブローチとタイピンを同じデザインで揃え、髪飾りや首飾りを作らせた。小粒の真珠を長い鎖のように連ね、飾りとして腰から足元へ絡ませる。歩きづらい装飾だが、罠にはぴったりだった。
「あら、いいわね」
「とてもお綺麗です」
中の宮で準備を整え、腕を組んで表宮を抜ける。馬車に乗り込んで向かうは、決戦会場となるライフアイゼン公爵邸だった。夜会へ向かう馬車の中、最後の打ち合わせを行う。下りたら、作戦のことは話せないのだから。
「フォルト兄様は間に合わなかったわね」
珍しい、そんな口ぶりのトリア様に最新情報を一つ。
「すでに首都に入られる頃ですよ」
「まあ。素敵」
喜んでもらえてよかった。公爵家の門をくぐったところで、馬車の列に捕まる。一度止まったものの、すぐに動き出した。並ぶ貴族の馬車を追い越しながら、先頭まで走る。他の貴族を待たせて、ゆったりと降り立った。
「クラウス、今日はよろしくね」
「麗しのトリア様をエスコートする栄誉を頂き、感激しております」
胸を押し付けるように腕にしなだれかかるトリア様に、途中で言葉を変えた。喜びを通り越し、感激でも足りないな。らしくないと思いながら、満面の笑みで足を踏みだした。




