144.ライフアイゼン公爵家の夜会がいいわ
「なぜ、トリア様はご自分を大切になさらないのか」
してくださらない、ではなく? 大切にしないと言い切るのね。クラウスは大袈裟に嘆いた。騒ぎすぎと切り捨てるのは簡単だけれど、不思議ね。彼の心配する態度や声、表情が嬉しくて仕方ないの。本心で私を心配して、止めようとしているんですもの。
「ごめんなさいね。クラウスがいなければ考えなかったのだけれど」
「私、が?」
「ええ、あなたがいれば安心だもの。でも迷惑よね」
眉尻を下げて、悲しそうな顔を作る。見透かしているくせに、クラウスは乗ってきた。
「あなた様が望むなら、私は反対の声を押し殺しますよ。必ずやお守りします」
自分のためにも。付け加えるクラウスの声にならない呟きが、唇の動きで届く。そういうところ、本当に私の好みだわ。研究し尽くされているのかもしれない。でも計算尽くでもいいわ。私にそれを悟らせないで頂戴ね。
「本当にいいのか?」
「やめて他の方法を模索しましょう」
ルヴィ兄様とエック兄様が、不安を前面に押し出して反対する。クラウスが私の側についたので、より強い言い方に変わった。
「では、代案をください」
笑顔で突き付ければ、ルヴィ兄様はエック兄様に助けを求める。視線を向けられ、何か言いかけたエック兄様は呑み込んだ。無理でしょう? 先ほども話したけれど、私やアデリナは問題ないわ。戦う力も男を跳ねのける技も持っている。でも……淑女二人はどうするの?
「至高の地位も、財力も、権力も……確実なものなんてないのよ」
皇帝が命令しようと、逆らう者はいる。表面上は従った振りで、裏では何をしているか。そういった輩を纏めるのが、皇帝なの。ガブリエラ様が皇妃だった頃は、危ないから側妃を社交の場に出さなかった。それを皇妃を寵愛しているから、と言い換えて広めたのがお父様よ。
「一番近い夜会はいつかしら?」
「来月のライフアイゼン公爵家の夜会だ」
二週間ほどね。暦を頭の中で確認し、ちょうどいいと口角を持ち上げた。コルネリア嬢の実家でもあるし、ライフアイゼン公爵は私の味方よ。場所を貸していただきましょう。
「では、参加の連絡をしておいて。エック兄様……全員分よ」
「承知した」
婚約者になる相手がいるのだから、それぞれにペアを組んで参加すればいいわ。皇族全員が参加すると多すぎるから、ルヴィ兄様達はお留守番ね。エック兄様とコルネリア嬢、クラウスと私……もし戻ってきたら、フォルト兄様とアデリナも。
そういえば、馬泥棒の死体を盗んだ賊は見つかったのかしら。馬を盗んで殺されたなんて、不名誉極まりないはず。嘘をつかれて揉めたら面倒ね。アデリナが同行したし、ハイノが上手に言い包めるでしょう。
イエンチュ王国は滞在したことがないけれど、ガブリエラ様から話に聞いている。夜会はなく、宴会になるのだと。フォルト兄様はザルだし、毒が効かないくらい強いわ。地元のアデリナも平気そうだけれど……副官のハイノ達が無事なことを祈りましょう。
頭の中で何度も計画を組み立てていたら、叔父様の到着が知らされる。クラウスと腕を組んで、出迎えのために中の宮を出た。表宮にある応接用の客間を指定する。先に入室したのは叔父様だった。
「お待たせしましたか? 大神官様」
「いえ。到着したばかりです」
互いに猫を被って、当たり障りのない挨拶を交わす。エリーゼ以外の侍女や侍従が外へ出たのを確かめ、本音を口にした。
「叔父様。お父様の件ですわね?」
「ああ、すまない。お前の敵を減らそうと思ったのだが、兄上が使えなかった」
素直に謝ってくださったので、この話は終わり。代わりに決まったばかりの夜会参加の話をする。顔をしかめた叔父様は、大きく息を吐いた。
「公爵家の夜会では、神殿の力は及ばない。他の方法はないのか?」
「さあ、どうでしょう。……私は決行しますわ」
決意を表明した先で、叔父様は苦笑いを浮かべた。
「わかった、神殿から破門するくらいの手伝いは許してくれ」
あら、思ったより重い罰ですのね。神殿から破門された貴族なんて、没落まっしぐらよ。飼い主の手を噛むような獣には、お似合いかもしれないけれど。




