140.こんな時に報告なんて!
無理をしていたのか、体力がもたなかったのか。どちらにしろ、発熱して三日間寝込んだ。こんなに長くベッドの上にいるのは、幼い頃以来だわ。脳が溶けてしまうのでは? と心配になるほど眠い。起きて簡単な食事をして、横になると眠くなった。
お風呂は無理なので、エリーゼがこまめに汗を拭いて着替えさせる。流行り病ではないので、移る心配はない。ジルヴィアのベビーベッドを運んで、アンナは私と娘の時間を作ってくれた。途中で寝てしまうことも多いけれど、ジルヴィアはそれ以上に眠っている。
三日目の午後、ようやく疲れも抜けてベッドに起き上がれるようになった。熱も下がり、怠さもかなり軽くなる。ほっとした。このままベッドの住人になったら困るもの。元気になった今なら「あり得ない」と笑い飛ばせる。でも気が弱くなったときは「もうダメかも」と思ってしまう。
結局、どんなに能力があったり強かったりしても、人って根本は脆くて弱いんだわ。
「ローヴァイン侯爵閣下がお見えです」
エリーゼに言われて、そういえば婚約式と同時に発表予定だから、陞爵していなかったのだと思い至る。公爵の地位が確定しているのだから、先に発表してもいいわね。通すよう命じて、ベッドの上に座り直した。隣に置かれたベビーベッドで、ジルヴィアが「あぐぅ」と声を上げる。
アンナが差し出した上着を羽織った。さすがに寝着のままでは恥ずかしいわ。エリーゼが案内してきたクラウスは、ほっとした顔になる。熱を出して倒れ、三日間会えないんだもの。不安にさせたはずよ。
「来てくれて、ありがとう。クラウス、心配かけたわ」
「回復されて、安心いたしました」
使用人の目があるから、丁寧な臣下としての態度を崩さない。クラウスは有能だけれど、完璧すぎて可哀想になるわ。人目を気にすることに慣れているのは、皇族も同じね。
背中の後ろにクッションを入れるエリーゼが、一礼して壁際まで下がった。ベビーベッドを押したアンナも退室する。声が聞こえない距離を気遣ってくれたようだわ。手招きして、ベッドサイドの椅子に腰かけたクラウスを呼ぶ。
近づいた彼の首に腕を回し、強引に引き寄せた。倒れこみそうになったクラウスが、咄嗟にベッドへ腕をつく。彼の両腕に閉じ込められた形になり、私の腕も首に回ったまま。ちらりと視線を向ければ、エリーゼは棚の本を並べ直していた。見ていないフリね。
「ごめんなさいね、本当に……」
「お気になさらず……と言いたいですが、本当に心配いたしました」
眉尻を下げて、泣きそうな顔になるクラウスに愛しさがこみ上げる。こんな風に大切になる人ができると思わなかった。冷めて見ていた世の中が、こんなに輝きに満ちているなんて。
「トリア様、あのお方のケガは虚言でした」
お父様の件ね? 続いた報告によれば、ガブリエラ様が乗り込んで、お父様を蹴飛ばしたらしい。咄嗟に足をついてしまい、バレたとか。本当に骨折していたら、どうするつもりだったの? 可哀想にと終わらせる気だった?
豪快なエピソードに口元が緩むけれど、私はいま忙しいの。
「ねえ、クラウス。私がこうして許しているのに、あなたは意地を張るの?」
怠い腕を引き寄せて、耳元に唇を寄せる。囁いた声に、彼の体が強張った。クラウスは位置をずらして私の顔を確認し、ほわりと微笑む。その表情に息を呑んだ。歓喜で胸が破裂しそう。こんな顔をするなんて、予想外だった。
心底幸せそうで、蕩けるような……唇がそっと重なった。ああ、忘れていたわ。私、熱で荒れていたのに……しっとりと濡れて艶が出るまで貪られた。はふっと甘い息が漏れ、自分でも頬が赤くなるのがわかる。
「私が、あなた様に敵うはずはありません。あまり無防備になさいませんように」
忠告なのに、睦言のように響いた。エリーゼがわざと本を落として音を立て、慌てて距離を取る。何もなかったように、挨拶をして去るクラウスの背中を睨んだ。私ばかり翻弄されて、狡いわ。