137.歓迎された嫁の実家 ***SIDEフォルクハルト
弱い女に興味はない。これは育った環境のせいもあるか。義母ガブリエラ皇妃は言うまでもなく強い。父上より強いのだから、帝国最強だった。異母妹トリアも強いし、賢い。俺の周囲にいる女性は、美しさと強さを兼ね備えていた。
だからか、過去に騎士や部下に紹介された”ご令嬢”に興味が持てなかった。弱いだけでなく、守られて当たり前と考える。そのくせ、見栄を張って金や権力に阿る。これが貴族令嬢なら、平民から逞しい女を嫁に取るほうがいい。俺はそう宣言して、見合いをすべて断った。
戦いで勝てば「野蛮だ」「粗雑」と振る舞いを批判される。愚かな貴族どもはわかっているのだろうか。俺が負ければ、リヒター帝国の領土は蹂躙されるのだ。そうなって後悔しても遅いというのに、俺を平然と馬鹿にした。まあ、そんな輩は兄達に排除されたが。
今回、義母上に「見合い相手を用意した」と言われても、信用しなかったのは過去の騒動があったからだ。ところが、良い意味で予想は裏切られた。俺と手合わせできるだけの実力者で、しかもトリアや義母上を大好きだと公言する。
鍛えた筋肉が形作る体は、とても美しく感じられた。淑女の細い腰を抱き寄せれば折れそうだし、腕を掴んだら千切れそうだ。触れるのを躊躇うような細さはなく、必要な筋肉を蓄えたしなやかなアデリナに魅了された。
彼女なら抱き寄せても折れない。戦う際も隣で十分すぎるほど強さを発揮するはず。何より、俺を見ても眉を顰めないのが気に入った。野蛮だの下品だの、貶める言葉を使わないアデリナは、短く本音を語る。宮中での振る舞いを覚えさせる必要はない。そこは夫である俺が守ればいいのだから。
家族以外の女性に、初めて「守りたい」と感じた。アデリナを娶れば、周囲も静かになるだろう。大公や元帥の肩書きが欲しい親に言い含められた、哀れな女の相手をしなくて済む。馬を走らせる俺達に、遅れることなく付いて来る腕前も素晴らしかった。
「あたしの夫と、その従者だ」
イエンチュ王国の都市の一つ、シャリアに入る際に彼女は言い切った。俺を夫と認めた、それは強い男であると宣言する行為だ。イエンチュ王国の部族は強さで地位が決まる。他部族の男を倒して外へ出たアデリナの夫、その地位は黄金に匹敵するはずだ。
あっさりと入国を果たし、アデリナは各方面へ伝令を出した。当代の王に挑戦する権利を持つ最強の戦士であるアデリナの要求は、国の隅々まで届くらしい。馬泥棒の死体を持ち去った愚か者どもも、すぐに発見されるだろう。
「あたしの親に会ってくれ」
「もちろんだ」
待つ時間がもったいないと言い出したアデリナと、イエンチュ王国の奥へ進む。部族タラバンテの領地は草原地帯だった。遊牧民のような生活をしている。部族長である父親は、両手を広げて俺を歓迎した。母親も羊を潰して料理を振る舞う。
馬をすべて放し、自由に走らせた。軍馬は他の馬より一回りは大きいが、アデリナの両親が所有する馬も立派だ。広い草原を見ながら、ヤギの乳を飲んだ。搾りたてがこれほどうまいとは! 豪快に飲んでいると、アデリナの母に心配された。
外から来た者は、良く腹を壊す? 安心してくれ、俺の腹は毒も効かん。大笑いし、さらに数杯飲んだ。うまいと声を上げた部下達も、酒代わりにお替りする。羊の料理も、味付けはシンプルだがうまい。癖のある香辛料で、量を食べても腹がもたれない。最高だった。
用意されたテントで雑魚寝し、目が覚めて……部下達の惨状に額を押さえた。腹が痛いだと? 軟弱すぎる。茂みから帰って来られない連中を睨み、俺は朝からヤギの乳と羊肉の残りを平らげた。鍛え直してやらないといかんな。
「はははっ、さすがはあたしの夫だ!」
フォルトと呼ぶよう言い聞かせ、笑い続ける機嫌のいいアデリナを抱き寄せた。トリアの真っすぐな銀髪とは違う、やや荒れて巻いた赤毛に手を触れる。大人しく身を委ねるアデリナの温かさと重みを感じながら、無意識に撫でていた。愛馬を甘やかす所作と重なり、口元が緩んだ。