135.兄弟水入らずの雑談 ***SIDEウルリヒ
「兄上、わかっているだろうが」
「もちろんだ。骨折の演技は任せろ!」
にやりと笑う兄に、もっと黒い笑みで応じる。前皇帝が動けなくなった。この情報でどれだけの貴族が踊るか、神殿で起きた事故と知って誰が動くか。見極めて排除する必要があった。可愛い姪トリアの未来は明るく、平坦でなくてはならない。
神殿を騙したアディソン王国は、すでに罰を受けた。国が滅びてリヒター帝国の一領地となっている。愚かにも甥に喧嘩を売ったブリュート王国も、エッケハルトに叩きのめされた。アルホフ王国は形を保っているが、我が国に従属している。元からの同盟国には恩恵を与え、神殿が完全に掌握した。
プロイス王国が静かなのが気になる。神殿からの報告では、リヒター帝国と姫の婚約が解消された影響で、貴族が騒がしいようだ。当然だろう。愚かな女を皇妃にせずに済んだルートヴィッヒは、安心しているはず。
「だが……ウルリヒ。トリアを出し抜ける貴族はおらんだろう」
「それでも、羽虫は飛び回るだけで邪魔だ」
視界の端でちらちらと飛ぶことが、すでに排除対象となる。彼らが企んでいるのは、トリアを襲って配偶者に収まること。ローヴァイン侯爵が、婚姻によって「公爵」に陞爵される。この話を違う意味で受け取った阿呆どもだ。
トリアを娶れば公爵になれるのではない。公爵の枠が一つ空いたので、侯爵家の一つが陞爵する。公爵家は、皇族の血を受け入れてこそ存在価値があった。クラウスがたまたま有力な侯爵家の当主であり、偶然にも有能だっただけ。
表向きはそう受け取られている。トリアを大切に愛し抜く覚悟を持つ男を選んだのは、こちら側だ。繰り上がりではなく、周囲を落として作った穴にクラウスを当てはめた。順番も手段も、上位貴族が見極められないとあれば……滅ぼしても構わん。有能な下はいくらでもいる。
「一か月の猶予があるから、じっくり選定できそうだな」
「その前にトリアにバレる。あの子を見縊るな」
楽観的な異母兄に釘を刺す。皇帝の座を退いてから、少し緩んでいるのではないか? 片眉を上げて厳しい口調で注意すれば、嬉しそうに笑う。相変わらず、身内に甘い男だ。
「確かにトリアは聡い。ルートヴィッヒは後でもいいが、エッケハルトは情報共有が必要か」
「それは俺が繋ぎを取る。見舞いを適当にあしらいながら探れ。いいか、ミスをするなよ」
「うむ。これでも皇帝だったのだ」
やってみせる! 軽く請け合う異母兄が、どことなく信用できない。だが皇帝として君臨した期間、大きな功績もないが失態もなかった。計画が動き出した以上、任せるしかあるまい。
「知っているか? 初恋は実らぬそうだ」
「……知っている」
改めて言われても、もう胸は痛まない。信頼できる男にトリアを任せることに、迷いはなかった。彼女がクラウスに恋をしているのは、見ていて伝わる。その想いを壊す気はなく、応援して実らせたかった。皇族の血を薄めるために、好きでもない男と政略結婚までしたのだ。……正確には未婚の母か。
今度こそ、好きな人と添い遂げてほしいと願うのは、我々だけではない。トリアの兄三人も同じだろう。全力で守り抜く。
「兄上の初恋はどうだった?」
「……ふむ、実らなかったな」
義姉上ではない女性に恋をしたのか。思わぬ発言を掘り下げ、久しぶりに兄弟で夜を明かして雑談をした。謀略や策略が絡まぬ、ただの過去の思い出や恋話で朝日を拝み……苦笑いして肩を叩き合った。こういうのも、悪くない。