133.望まぬ再会、過去との決別
鍛錬する騎士を見ていたら、見覚えのある顔が交じっていた。以前の騎士団長の制服とは比較にならない、粗末な綿のシャツとズボンを身に着けて木剣を振るう。そういえば、この砦に閉じ込めて忘れていたわ。面倒なこと……と溜め息が口をついた。
滅びたアディソン王国の力を削ぐ意味で、フォルト兄様に預けた。祖国や家族、モーリス・スチュアート侯爵の肩書きさえ、彼には残っていない。財産、騎士団長の仕事、王族としての役割……すべてを失った一人の平民に過ぎなかった。
「……ヴィク、トーリア?」
気づいて首を傾げる彼に、腕を組んだクラウスが前に出る。視線を遮る形で、私を守る位置に立った。それだけで意味は通じるはず。そう考えたけれど、フォルト兄様並みの脳筋だったのを忘れていたわ。
「会いたかった! 俺が……」
悪かった、と謝るつもり? こちらは許す気がないのに。謝罪するほうは、口にしたら許されると勘違いする。そんな軽い問題ではなかった。どうしてやろうか、苛立ちに似た感情が生まれる。
「私の婚約者に御用ですか?」
口を開くのは、クラウスのほうが早かった。モーリスに被せて言葉を奪う。
「こん、やく……しゃ?」
「ええ、私……未婚の皇族女性ですもの」
「だが、俺の子を……産んだだろ! そうだよな?」
「ええ。私にはジルヴィアという可愛い娘がいます。モーリス、私はあなたの妻ではなく他人ですわ」
きっぱりと言い渡した。未練がましく追い縋ろうとする男に、引導を渡すのは最後の礼儀でしょう。復讐する相手ですらなくて、ただの罪人です。縁は切れたと突き付けた。
未婚で子を産んで戻った元皇女、私の価値を台無しにした愚か者がモーリスだった。娘の存在すら忘れていたのではなくて? フォルト兄様の副官ハイノの報告書に、あなたが娘のことを気にかけた様子は記載されていなかった。
娘の存在で、私を繋げると思ったのなら大間違いよ。皇女として皇位継承権を持つジルヴィアは、もうモーリス・スチュアートの娘ではないの。第二十一代皇帝ルートヴィッヒ陛下の養女として、手の届かない高貴な存在となった。
「ジルヴィア?」
「イングリットという侯爵令嬢はおりません。私の娘は、ジルヴィア・クリスティーネ・リヒテンシュタイン皇女です」
娘の名は皇位継承権を持つ皇女としてのもの。私は未婚の皇妹であり、クラウスと結婚してローヴァイン公爵夫人となる。あなたやアディソン王が神々を欺く愚かな策を用いなければ、私は妻でいたかもしれない。娘もスチュアート侯爵令嬢だったわ。
モーリスはぺたりと座り込み「そうか……」と項垂れた。襲い掛かってくる様子もないため、肩の力を抜く。こうして見下ろしても、何も感じなかった。モーリスが打ちひしがれていても、慰める気は起きない。これがクラウスだったら? まったく違ったでしょうね。
「失礼、いたしました」
その場でゆっくり座り直し、モーリスは謝罪を口にした。顔を上げないけれど、皇族と平民の身分差があれば当然の振る舞いよ。私は無言で踵を返した。周囲の騎士達の見世物になってしまったけれど、問題はないわ。フォルト兄様の部下である、騎士達は知っているんだもの。
私に恥じる部分はない。クラウスは暫く睨みつけていたけれど、何も言わずに従った。斜め後ろを歩くクラウスが、大股で近づいて私の手を掴む。指を絡めるように握った温もりに、安堵を覚えた。過去との決別、と表現するべきかしら。思っていたより、感情は動かなかったわ。
愛しいとも、憎いとも、感じない。ただただ虚しさが募る。その隙間を埋めるように、クラウスは絡めた指を離さなかった。