130.外で水浴びはしないで頂戴
アデリナは以前からの宣言通り、自分に勝てる男を夫に選んだ。フォルト兄様と意気投合したようで、翌朝から一緒に鍛錬を始める。騎士達がほっとした顔をしていたのが印象的ね。フォルト兄様と朝の鍛錬をするのは、大変だもの。
「フォルト兄様の婚約式の手配も、しないといけないわね」
隣でクラウスが計算を始める。装飾品は借りてもいいけれど、ドレスの手配は別ね。さすがに借り物では様にならないわ。あれこれと必要なものを羅列し、手配する期間を確認した。皇族から離れて大公となったフォルト兄様には、それなりの資産がある。
本人の意思で領地を辞退したけれど、今後を考えるとあったほうがいいかしら? アデリナも要らないと言い出しそうだけれど。この辺はエック兄様達と相談すればいいわ。
朝食のために食堂へ向かいながら、残っている問題を思い出す。お父様の骨折に関しては、一応ガブリエラ様に報告した。直後の立ち合いでさらりと流れたけれど、義務は果たしているわ。馬泥棒の相談をしないといけない。アデリナもいるから、彼女の意見も聞きたいわね。
「トリア様、一人で考えず私にも分けてください」
「……ふぅ。それもそうね。クラウス」
馬泥棒の件をどうするか。相談しながら廊下を歩いた。食堂の手前で、びしょ濡れのアデリナとすれ違う。
「どうしたの?」
「汗を流したら、叱られた」
怒られたと認識していなくてよかった。というか、まさか……。
「外の井戸で?」
「もちろん、フォルトと一緒だ」
呻いて目元を手で覆った。どうしましょう、未来の大公妃が井戸で水浴び? いえ、大丈夫よ。ガブリエラ様に躾けてもらえば、間に合うわ。しょんぼりした様子は、まるで叱られた大型犬そのもので。くすっと笑ってしまった。
「仕方ないわね。今後は中でお風呂に入りなさい。帝国は湯が豊富だから、贅沢に使えるのよ」
イエンチュ王国も自然豊かな国だが、湯を沸かす面倒を嫌う。それくらいなら冬でも水を浴びるのだ。この砦は人が多いこともあり、沸かした湯が常に用意されていた。説明して、湯を浴びるよう伝える。伸ばした手で触れたアデリナの頬は、痛いくらい冷えていた。
「わかった」
褐色の指先にすりりと頬を寄せたアデリナの後ろに、尻尾が揺れている。いえ、幻想ね。でも属性はフォルト兄様と同じ大型犬だった。
「その後はここで食事よ」
「急ぐ!」
まだ砦に慣れていないアデリナのために、近くにいた侍女を一人つけた。大人しく後ろを歩いたアデリナは、すぐに彼女を抱えて走り出す。侍女の悲鳴で振り返ったら、脇に抱えて走るアデリナが見えた。
「たぶん、大丈夫ね」
「侍女はあとで労ったほうがいいかと……」
少しの褒美と、何か言葉をかけておきましょう。怖かったでしょうし、濡れてしまったはずよ。
食堂にはまだ誰も来ていない。腰掛けてすぐに、ガブリエラ様が到着した。私から話そうと思ったのに、先にガブリエラ様から質問が来た。
「四肢の折れたマインラートだが、誰にやられた?」
「叔父様ですわ。それと、四肢ではありません」
最初に聞いたインパクトが強かったのか、ガブリエラ様の中では手足が全部折られた姿で定着しているみたい。再度の訂正を入れながら、詳細を説明した。その際にジルヴィアを誘拐した話も添える。目を閉じて腕を組み、無言で最後まで聞いたガブリエラ様が溜め息を吐いた。
「あやつは何のために戻したのか、理解しておらなかったか」
「ええ。罰として一番厳しい修業を二周と決めました。一周目が終わった後のお風呂で転んだそうです」
「情けない。ジルヴィアの件は申し訳なかった。私からも叱っておこう」
誤解は解けたわね。あと、叔父様のところでケガをしたのなら、お父様も本望でしょう。治るまでの一か月は一緒に過ごせるんですもの。加えて、二周目も叔父様が同行するなら、文句はないはず。
「もう一つお話がありますの」
切り出したところへ、フォルト兄様が駆け込んだ。まだ髪がびしょ濡れです。指摘したところへアデリナも現れる。こちらも同じ状況だった。仕方なく立ち上がってアデリナの髪を拭けば、羨ましそうにフォルト兄様が指を咥える。
ガブリエラ様が拭いてくださっているのだから、そんな顔をしないのよ。フォルト兄様。