129.勝負がついて、お見合いは?
力で押し切る作戦を捨て、フォルト兄様は剣の持ち方を変えた。変に固執しないところが、お兄様らしい。戦闘狂だけれど、阿呆ではない証拠よ。まあ、家族に関することは別として。
「思ったよりやる……が、俺の勝ちだ」
叫んだフォルト兄様が不思議な動きで宙に留まる。まるで何か足場が存在するように、ふわりと飛んだ。フォルト兄様の筋肉のなせる業かしらね。アデリナは軽々と振り回す三日月刀で攻撃を受け流した。
「負ける気はない」
返したアデリナは、弧を描く形で腕を頭上に掲げた。刃はその延長のように、左肩に沿わせる。隙だらけに見えるのに、フォルト兄様は動かなかった。正面から向き合って時間が過ぎ、ガブリエラ様も緊張した面持ちで見守る。
「参る!」
先に動いたのはアデリナだった。三日月のような刃を撫でるように動かし、フォルト兄様の左側を狙う。弾いて後ろに下がり、フォルト兄様は大きく息を吐いた。肩を使っての呼吸なので、見ているほうにも伝わる。にやりと笑ったフォルト兄様は、踏み出さずに下がった。直後に右へ二歩、移動する。
意表を突かれたのか、予想が外れたのか。アデリナがたたらを踏むように体勢を崩した。その首筋へ、フォルト兄様の剣が当たる。アデリナの切っ先もフォルト兄様に触れる距離だが、もし攻撃が当たっても足を奪うだけ。首に突き付けられた剣のほうが早い。屈んだ状態で、アデリナは目を閉じた。
「ここまでだ」
「……っ、あたしの負けだ」
素直に認めるアデリナは悔しそうに拳を握った。いまの勝負、私ならどうしたかしら? 足運びなどを考えてしまう。短剣術を極めたからこそ、長い得物との戦い方はいくらあってもいい。
フォルト兄様は触れる寸前で止めた剣を、さっと回収した。己の肩に担いで、逆の左手を差し出す。アデリナは意地を張らず、手を借りて立ち上がった。
「掴まれ、すげぇな。体力差を考えたら引き分けだった」
片手で軽々と大型の剣を扱うフォルト兄様は、戦場でも有利だ。馬上でも片手で剣を振るえるため、大剣のカバーする範囲は広い。体力や体格差も手伝い、長引けばアデリナが不利だったはず。無理に引っ張らず、決着を急いだフォルト兄様に軍配が上がった。
「両者とも、敬意をもって一礼」
ガブリエラ様の号令に、姿勢を正した二人は立ち上がって会釈し、手を握り合う。いい感じだわ。そう思ったのに、振り返った二人は私のほうへ走ってきた。
「今のはどうだった? 俺はカッコよかっただろ」
「次は必ず勝つ。あたしは強い」
互いに興味を持ってくれたわけではなさそう。難しいわね。
「フォルト兄様はカッコよかったわ。アデリナが弱いと思っていないから安心してね」
双方に声をかけていると、後ろからクラウスに抱き寄せられた。腰に回った腕によって、体がぴたりと密着する。
「私も参加すれば褒めて頂けたでしょうか」
「そんなことしなくても、私の婚約者でしょう?」
お見合いは結局、どうなるのかしら? 結論がわからないまま、軽食会に突入した。一般的にはお茶の時間だけれど、体を動かした二人は空腹でしょう。手配した軽食を並べる。手づかみで食べられる料理を手配して正解ね。
スコーンは割らずに食べるし、サンドしたパンは二口で消えていく。私なら七口くらいかかるかしらね。お行儀は悪いのに、見ていて気持ちがいい。あっという間に消えていく料理に、すぐ追加が届く。ハイノの指示みたい。
「ところで、アデリナは負けたのだからフォルトの妻になるであろう? フォルト、そなたも身を固めよ。さもなくば、一生この砦で終わりだ」
首都へ帰れなくしてやるぞ。義母として厳しい言葉を投げかける。ガブリエラ様の言葉に二人はぴたりと動きを止め、互いをじっくり眺めた。まるで今まで外見を見ていなかったかのように。
「悪くない」
「それはこちらのセリフだ」
どうやらお見合いはここからみたいね。