128.雌雄を決する、というより激突
首都へ戻ろうとしたフォルト兄様を、ハイノが方向転換させた。きちんと副官の仕事をしていて偉いわ。ここ最近大変だったでしょうし、臨時報酬を用意しましょう。騎乗した状態で駆け寄る一団を見ながら、苦労を察した。休憩も減らして急いだ気がするわ。
大軍を引き連れて戻るかと思えば、ハイノの采配が生きている。砦から連れて行った騎士や兵士以外は、首都へ振り分けていた。到着したら、ルヴィ兄様やエック兄様が労ってくれるでしょうね。数十人の部下を連れたフォルト兄様は、馬から飛び降りて走ってきた。
「おおお! 元気だったか、トリア。俺はお前の指示通りに動いたぞ」
「……私が補佐しながらですが」
ぼそっと嫌みのように付け加えるハイノに、フォルト兄様が厳しい視線を向ける。だが睨まれたくらいで怯える男が、元帥閣下の補佐になれるはずもなく……。
「文句があるなら、仕事を辞めても構いませんよ」
「……それは許さん」
逆に脅す度胸の良さに、私が笑い出した。ご一緒したガブリエラ様が「やれやれ、変わらぬのぅ」と首を横に振る。呆れているのね。フォルト兄様らしくて、私は好きよ。ハイノの潔さも気に入っている。フォルト兄様も、ハイノの必要性が理解できていてよかった。
「これが、お前の兄か?」
「ええ、そうよ」
後ろに控えるアデリナが、ぼそぼそと小声で尋ねてくる。微笑んで答えたら、むっとした顔のフォルト兄様が噛みついてきた。
「皇帝の妹だぞ! 俺の妹でもある。お前などと呼ぶな!!」
ガブリエラ様が額を押さえ「これでも皇族……」とぼやく。お父様のやらかしもあるし、お迎えの際のガブリエラ様の失態も……言わないけれど、目で語ってしまう。人のことを言えないのよ、私も含めた皇族全員が変わり者の集まりですもの。
「あたしの姫様だ、偉そうに指示するな」
ふんぞり返るアデリナの印象は、最悪かも。まあフォルト兄様は単純だから、戦えば意識が変わるでしょう。
「フォルト兄様、私の護衛になったイエンチュ王国のアデリナよ。戦って決着をつけて頂戴」
引き合わせて戦うところまで持ち込めば、私の役割は終りね。女性をじろじろ見るような兄ではない。フォルト兄様は「戦って」の部分に反応した。目を輝かせ、アデリナに向き合う。
「強いのか!」
「お前こそ、あたしと戦えるのか?」
この状態で、互いに挑発していないのが不思議ね。一般的には、馬鹿にされたと怒りだす場面だった。期待と疑問、それは刃を交えれば解決する。
「ガブリエラ様、二人の立ち合いをお願いします」
「承知した」
突然の立ち合いにも、慣れた部下達は動揺しない。さっと広がり、丸い輪を作った。互いに得物を取り、準備を整えて向き直る。ぴりりとした緊張感が、周囲を満たした。
「正々堂々と実力を発揮せよ、始めっ!」
ズボン姿のガブリエラ様が、手にした鉄扇を振り下ろした。すっと後ろに下がる。同時に二人は飛び掛かった。様子見も手の内を探る所作もない。いきなり正面から激突し、刃を当てて睨み合う。
フォルト兄様が来るまでの数日で、アデリナはガブリエラ様に師事した。得物を変え、戦い方を調整し、今までより手強くなったはず。といっても、私がアデリナの鍛錬を見たのは、昨日と今朝だけだった。その前にどんな稽古をしていたか、以前の得物が何かも知らない。
三日月の形の刃を持つ剣を器用に扱うアデリナは、刃を傾けながらにやりと笑った。フォルト兄様は力で押そうとするが、弧を描く武器はその力を逃がしてしまう。何度か逸らされ、また叩きつける。そのたびに、小さな傷がフォルト兄様に刻まれた。
大きく切り裂くほどの隙は与えないが、刃を合わせ直す僅かな時間を利用した攻撃みたい。
「これは、フォルト兄様が危ないかも」
「私はそうは思いません、攻撃が変わります」
ずっと無言で控えていたクラウスは、さらりと一言。フォルト兄様が一歩引いた。動きが変わったと同時に、戦いの流れが変化する。もしかしてクラウスって、腕っぷしも強いのかしら? 素人の目線ではなさそうね。




