126.皇族らしからぬ失態
「待っておったぞ!」
大喜びで出迎えるガブリエラ様は、大股で歩み寄った。こちらの都合も考えず、勢いよく馬車の扉を開く。控えていた執事の表情が引きつった。
「……っ、ガブリエラ様!?」
無言で顔を逸らすクラウスは、顔だけでなく手も赤い。驚きすぎて、彼は挨拶すらできない状態よ。私も驚きと羞恥で真っ赤になった。馬車が到着して、先に降りようとしたクラウスが立ち上がる。そこで不運が重なり、転びかけた彼に私が腕を伸ばした。
扉を開いた姿勢で固まるガブリエラ様は「ああ、その……すまなかった」と呟いて、そっと扉を閉める。取り残された私は顔から火を噴きそうな状態ながら、焦って扉に向かった。これは絶対に勘違いされたわ。キスを強請っていたように見えたのではなくて?
屈んだクラウスの首に腕を回し、引き寄せようとする私——焦りすぎたのか、裾を踏んでしまい……咄嗟にクラウスが後ろから支えた。ほっとしたところで、扉がゆっくりと開く。きちんと閉めなかったのか、いまぶつかった勢いで開いたのか。クラウスの腕が腰に回った状態で、視線を浴びた。
出迎えに並んだ騎士や兵士は一斉に顔を伏せ、見ていないアピールをする。執事やエリーゼは頭を下げて、見なかった振りをした。どちらにしろ、全部ガブリエラ様のせいね!
「ガブリエラ様、お話が、あります」
細かく言葉を切って強調しながら、にっこりと微笑む。ここでようやく、クラウスの手を借りて降り立った。緊張した面持ちながら、ガブリエラ様は「受けて立つ!」と言い切った。そうではないのよ。反省していただきたいの。皇妃時代に培った淑女教育のあれこれを、思い出させないといけないかしら?
「愛らしい顔が台無しだ。そのような表情をするものではない」
誤魔化そうと褒めるガブリエラ様に、ここで伝えて差し上げましょう。
「お父様が、左腕と右足だったかしら? 骨折して寝込んでおりますわ」
意地悪のつもりで口に出す。すると後ろからクラウスが「右腕と左足でございました」と修正した。
「……まさか、四肢をすべて折ったのか?」
「いえ、違います。右腕と左足でしたわ」
到着したばかりの砦で、なぜこんな醜態を晒しているのかしらね。皇族の威厳だの権威だのが台無しじゃないの。そう思ったのに、エリーゼはしんみりするし、執事は穏やかな微笑みに戻っていた。ガブリエラ様は「軟弱な……鍛え直しだ」と呟く。
騎士や兵士は骨折の話でざわついたが、すぐに姿勢を正す。すでに馬泥棒と襲撃の話を聞いていたみたい。半日の距離だから、私達より先に知った可能性が高い。
「中で詳しく聞こう。軍馬を奪った輩の仕業だとしたら、絶対に許さん」
勇ましく背を向けたガブリエラ様は、なぜか乗馬服だった。手合わせでもしていたの? クラウスのエスコートで砦に入り、以前も利用した客間に通された。まずお茶が用意され、一息つく。ガブリエラ様は大柄な女性を連れてきた。
「タラバンテ族のアデリナ様ね。ガブリエラ様の義娘、ヴィクトーリアですわ」
紹介されて挨拶し、クラウスも続く。アデリナは他部族の男を叩きのめして出てきた前評判通り、立派な体格をしていた。強さもガブリエラ様のお墨付き、フォルト兄様は気に入ってくれるでしょうけれど……逆はどうかしら?
「夫はあたしより強い男、そう決めた」
「わかりました。存分に戦って強さを確かめるといいわ」
フォルト兄様がそう簡単に負けるはずはない。勝てばフォルト兄様の婚約者が手に入り、負ければフォルト兄様の強さが疑われる。元帥の地位にあるから、負けたら困るけれど……大丈夫でしょう。ガブリエラ様との手合わせの話を、細かく説明するアデリナは誇らしげだった。
戦うことに特化した方なのね。微笑ましく聞いていたら、なぜか彼女に懐かれてしまった。
「あたし、あんたの護衛になる。一緒にいたい」
「護衛……そうですわね、お願いしますわ」
綺麗な銀髪だと不器用に褒め、自分の知っている宝石になぞらえて瞳を称える。アデリナが懐いた理由は不明だけれど、これならフォルト兄様と相性が悪くても、私の部下に引き込めそう。