124.二人揃って何かありましたの?
先に死体を出発させたので、私が急ぐ必要はない。早朝の出発予定を、昼過ぎに変更した。馬ではなく馬車だから、どちらにしろ途中で一泊するのよ。街道沿いの大きな町で休むつもり。クラウスにも同行願いを届けさせ、私は安心して就寝した。
翌朝、エリーゼは積み上げた荷物を前に満足そうだった。
「砦を往復するだけよ? こんなに必要かしら」
「何があるかわかりません。最低限のドレスも必要です」
専属侍女の仕事に口出しするのは野暮だけれど、砦で夜会はないと思うの。ガブリエラ様とお茶を飲むくらいなら、普段着で構わないはず。まあ、作った荷物を解かせるのも可哀想ね。それに荷馬車は砦への差し入れも兼ねて六台も用意した。護衛も二十人を超える。この状況なら、私の荷物は小さいほうだわ。
急ぐ旅なら荷物を先行させるか、後追いさせる。護衛の数は増えてしまうけれど、幸い帝国には有能な騎士と兵士が溢れていた。彼らの仕事を作るために、皇族や荷物の移動は必須なの。経済を回す意味でも、皇族が積極的にお金を使う必要があるわ。
「お待たせいたしました、トリア様」
「あら、早かったのね。昼食を済ませたら出発よ」
食べ終えて一服してからだけれど、省略して話した。出かける前にジルヴィアに挨拶して、神殿の叔父様にもお父様の様子を聞いておかないと。ガブリエラ様に聞かれたら困るもの。そんな話をしていたら、エック兄様が駆け付けた。
「トリアが出かける必要はないと思います。任せては?」
「ダメよ。エック兄様、誤解はそういうところから始まるの。皇族が動いていると示すことで、相手に誠意をもって対応したと言えるでしょう?」
「そう、ですが……」
不満そうに深い息を吐くエック兄様の肩を、追いついたルヴィ兄様が叩く。
「悪いが、頼むぞ。トリアなら安心だ」
「任せてくださって結構よ。ところで……二人揃って、何かありましたの?」
「父上が、ちょっとな」
ルヴィ兄様が言いにくそうに濁す。何があったのか、問う眼差しで見つめた。口を開いては閉じるを繰り返したルヴィ兄様は、エック兄様を前に押し出す。
「またですか? ったく、何のために追いかけてきたのやら」
文句を言いながら、エック兄様が口を開いた。
「父上が一周目を終えたのですが……右腕と左足を骨折したようでして。大神官様から、二周目は一か月後になると連絡がありました」
「……骨折?」
神殿で一番厳しい修業とは、そこまで危険だったの? 体験したことがないけれど、神官の中でも上級を目指す貴族が受けていると聞いた。命の危険があるはずないと高を括っていたのに。
「正確には、修行を終えた後の風呂で滑りました。簡易浴槽から転がり落ちた際のケガだそうです」
簡易浴槽って、戦場や野営で見るアレよね? 木製の枠を組み立てて、内側に薄い革を張った浴槽で滑る……いったい何があったの? 疑問が次々と浮かぶも、再現して見せてもらうわけにもいかない。結果として、右腕と左足のケガを覚えておけば伝えられるわ。
「……ガブリエラ様には私から伝えます」
罰の結果だけれど、そもそもジルヴィアの誘拐をしなければよかったわけだし。ガブリエラ様も怒らないでしょう……いえ、お父様に対しては怒るかもしれないわ。
準備をして、予定通り昼過ぎに出発した。馬車に長時間乗るので、軽食に近い量に抑える。向かいに腰掛けるクラウスが指示を出し、一行は動き出した。クラウスは話し上手で、ティムから昨夜聞いた話を物語のように臨場感たっぷりに語る。まるで見てきたかのよう。
「中継都市に着きましたね」
砦との中継地点、補給基地として機能している町に入った。馬車は、貴族や将官が利用する宿へ向かう。話は楽しいし景色は素敵だけれど、揺られっぱなしは疲れたわ。机仕事ばかりで体が鈍っているのかしらね。




