123.外交問題に発展するでしょうね
軍馬を回収した騎士団は、思わぬ土産も持ち帰った。馬泥棒の死体よ。打ち捨ててもよかったのだけれど、念のために……と気を利かせたらしい。
「やっぱりイエンチュ王国の民ね」
転がされた死体を前に、私は眉根を寄せた。イエンチュ王国の男は、腕に墨を入れる。大きな敵を倒したり、武功を上げたり、強さの象徴として刻んできた。その墨が、しっかりと体に残されていた。太い腕の肘から上は、びっしりと文様がある。
「それなりの実力者だったようですね」
墨の多さに、クラウスも驚いたようだ。運んできた騎士は四人、うち一人がティムみたいね。クラウスが話しかけていた。短く刈り上げた赤毛の青年は、丁寧な言葉遣いで報告を始める。騎士達に大きなケガはなく、かすり傷程度と聞いて安心した。
「ご苦労でした。ケガがなくてよかったわ」
「皇妹殿下のお役に立てるとあらば、命を賭して戦う所存です。ご心配頂きましたこと、感謝申し上げます」
近衛騎士でも通りそうな礼儀正しさだわ。騎士階級と聞いたけれど、ルヴィ兄様の下につけても大丈夫そう。頷きながら彼らの功績を労い、クラウスに向き直った。
「軍馬の回収が目的だったけれど……この墨は問題ね」
「はい、有力者の子弟だった場合は外交問題になるかもしれません」
懸念を伝える口ぶりながら、クラウスの口元には薄ら笑いが浮かんでいた。視線の先にあるイエンチュ王国の死体を前に、何か考えている様子。この件は外交問題になるから、ガブリエラ様にお願いしようかしら?
「ティム、今夜は屋敷に泊ってくれ」
「……承知いたしました」
一礼して下がるティムという騎士を見送る。クラウスとは幼馴染みと聞いていた。いまの何気ない会話は、この後何らかの仕事を任せる、の意味でしょう。
「何をするの?」
「簡単です。外交で有利になるよう、少しばかり細工を……」
「今回は不要よ。イエンチュ王国は独特でしょう? ガブリエラ様にお願いして、イエンチュ流で対応してもらうわ」
強さで蹴散らせば、問題にならない。イエンチュの戦士にとって、敗者になることは屈辱だった。その部分で食いつこうとしても、フォルト兄様やガブリエラ様が対応すれば叩きのめせる。馬泥棒の罪が確定した死人の名誉は、回復されない。
「砦に向かう支度をお願い。先ほどの騎士達を護衛にしましょう。手配してくださる?」
「承知いたしました。トリア様の護衛は、最高の栄誉ですね」
にこにこと承諾するクラウスは、足元の死体を一瞥した。
「これはどうしますか?」
「……ガブリエラ様に見せたいけれど、腐ってしまうわよね?」
死体になってからここまで一日、砦に出発して一日。天気もいいし、臭う死体と旅をするのも……。
「ご安心ください。これから運ばせれば、腐る前に届くと思います」
請け負うクラウスに任せ、私は外出の準備のため私室へ向かう。途中で表宮に立ち寄り、エック兄様に外出予定を連絡した。中の宮で旅支度の命令を出し……ジルヴィアの顔を見に行く。扉の外で警護させていたが、今は室内に待機させている。お父様のように窓から侵入される危険性があるもの。
「ジルヴィア、いい子でいてね。出かけてくるわ」
声を掛けて、抱っこしてあやす。娘が眠くなるまで抱いて過ごし、アンナに託した。仕事に復帰したアンナは、以前にも増して献身的にジルヴィアの面倒を見てくれる。眠り草による後遺症もなく、本当によかったわ。
専属侍女のエリーゼが服や小物を箱に詰め、封印を施していく。文房具や書類など、他人任せにできない部分を整理してバッグに纏めた。そう言えば、クラウスに同行するよう命じるのを忘れたわ。今夜、屋敷でティムを交えて話があるようだし、事前に伝えておかなくちゃね。




