119.決闘なら受けて立つ ***SIDEガブリエラ
マインラートは戦えない。策謀渦巻く宮廷での争いなら有能だが、矢が飛び剣を交える戦場では足手纏いだった。本人も自覚があるため、言い聞かせると素直に退くことが多い。だが、今回は珍しく駄々を捏ねた。説得を試みるが、口達者な夫に面倒臭さが先に立つ。
言いくるめられる前に倒すか。物理的な方向で考え、マインラートを落とした。首の後ろを手刀で叩き、意識を奪う。そのまま担いで馬車に放り込んだ。準備もできているのにぐだぐだと! 時間がないと言っただろう。舌打ちして出発を命じた。
イエンチュ王国から使者が到着したのは、二日前だ。マインラートが愚図ったため、逃がすのがぎりぎりになった。あの国は数多くの部族の集合体だ。王国を名乗るが、王すら戦いで決まる。もし皇妃として嫁がねば、私が王位を得ていただろう。あの後、弟が二期務めたゆえ、部族の顔は立ったか。
使者によれば、イエンチュの各部族の男を片っ端から叩きのめした女傑が、帝国に向かったらしい。一部、既婚者は戦いを避けたため、将来有望な未婚の男達が被害に遭った。いや、うまくすれば強い嫁がもらえたのだから、一方的に被害者ぶるのは公平ではないな。
何にしろ、彼女の目的がわからない。使者は面会の希望を伝えに来ただけだ。このままだと、彼女が次のイエンチュ王だが……はてさて。私に会う理由が気になった。かつて強さを謳われた私との手合わせでも希望しているのか?
「武器の手入れは問題ない。夫も片付けた……久しぶりに手合わせでもするか」
ここしばらく、我が子らの策略に付き合っていた。フォルトが砦を出たのは私の到着前で、手合わせできるような男がいない。仕方なく一人での鍛錬に勤しんでいたが……勘を取り戻す必要がある。馬車が見えなくなったところで、踵を返した。
「騎士を集めておけ、手合わせをする」
「え? あ、はい」
控えていた騎士の顔が引きつる。軟弱だが、相手がいないよりマシか。フォルトかハイノ辺りが残っていたら楽しめたが……。楽しんでいる場合ではないな。裾が絡みつくドレスを脱いで、手早く着替えた。刃を潰した金属製の剣を手に、訓練場へ向かう。
「手合わせを行う。複数で構わん! 掛かって参れ」
「お言葉に甘えて、失礼いたします」
血気盛んな若い兵士が五人で展開した。取り囲む形をとるのは、彼らの戦いがこの陣形を基本としているから。連携しながら複数で敵を囲んで潰す。隙間が少なく、絶対に勝てる人数で戦うのが兵士の仕事だった。
「えいっ!」
「やぁ!!」
「うるさい、黙って攻撃しろ」
実戦で喚き散らしても、敵に手がバレるだけだ。無言で迫ってくるほうが、タイミングを外されてやりづらい。口で教えながら、彼らの隙をついて叩きのめした。手加減はしたが、数日は打ち身で青紫が肌に残るだろう。
呻く彼らを放置して、騎士が訓練用の剣を構える。騎士は基本的に二人で組む。連携をとっての攻撃は、兵士より練度が高かった。それを受け流しながら、鋭く突く。あまり激しく傷つけると、使い物にならなくなる。砦の防御力を下げる気はないので、直前で力を緩めた。
「ふむ、もっと強いのはいないか」
「僭越ながら、部隊長の私がお相手を」
名乗り出た男は、蓄えた髭で顔の半分が覆われていた。部隊長の肩書き通りなら、それなりの実戦経験を積んでいる。にやりと笑って、剣を構えた。刃を潰しているが、運が悪いと骨が折れる。それでも男に怯えた様子はなかった。
まあまあ、実力はありそうだ。斬りかかった刃を受け、男は軽く膝を折った。踏み込みを崩され、体勢が前のめりになる。そこへ左足の蹴りが飛んだ。咄嗟に前に転がって避ける。後ろへ引いても間に合わないなら、飛び込んで横に転がればいい。前転の勢いを利用して立ち上がり、振り返って構え直した。
「楽しませてくれそうだ……」
「先后陛下! 客人が到着なさいました」
はぁ……溜め息が漏れた。この戦いを続けたい感情と、何のための鍛錬かと諭す理性。わかっている、女傑との決闘が優先だ。
「わかった、いま行く」
答えて、部隊長に終わりを告げた。すれ違いざま「次の対戦を楽しみにしている」と声を掛ける。さて、どの程度の実力者が来たか――楽しませてもらおう。




