115.戻らない馬とお父様の罰
叔父様の手際が良すぎて、不安になるくらい。神殿で誰かを拘束する機会なんて、ほとんどないと思うのだけれど……知らないだけで機会があるのかしら? そこは神殿の深淵だと思うので、深く追うのは危険ね。
手足を拘束したうえで、さらに椅子に括り付けた。縄抜けの技術が相当優れていても、難しいでしょう。
「罰は何にするか」
「先ほど申し上げたのですが、面会禁止が堪えるかと」
ルヴィ兄様の呟きにクラウスが口を開く。まだ怒っているのね。クラウスが私やジルヴィアを優先して考えてくれるのは、素直に嬉しいわ。叔父様は縛り上げたお父様の縄を握り、しばらく考えていた。
「こういうのはどうだ? 神殿の修行の中で一番厳しいコースに放り込む。もちろん、監視付きで」
監視は俺が担当しよう、と叔父様は笑った。その笑いが黒くて、私達の視線がすっと逸れる。お父様が抗議の声を上げるも、叔父様に「絶縁とどっちがいい?」と問われて黙った。大好きな異母弟に嫌われるより修行のほうがマシでしょう。
「お待たせしました……ああ、父上はすでに確保したのですね。これ以外の事件は起こしていないようです」
合流したエック兄様は、ここで思わぬ情報を持ち込んだ。
「父上の先触れの侍従が、途中で事故に遭ったそうです」
「事故?」
眉根を寄せるルヴィ兄様は、事故の表現を疑っていた。怪訝そうな叔父様と対照的に、クラウスは渋い顔で考え込む。何か心当たりがあるのかもしれない。
「先触れの侍従は落馬の衝撃で、骨折して街道沿いの家に保護されていました。問題は馬です」
「帰って来なかった、のね?」
帝国軍が騎士に与える馬は、軍用の訓練を受けている。万が一にも乗り手が殺されても、死体を乗せて戻ってくるはず。それが戻ってこなかった。馬車を引かせる馬と違い、厳しい訓練に耐えて合格した馬ばかりよ。身勝手にそこらで草を食んだり、走り回ったりするはずがないの。
「侍従によれば、落ちた直後に人が駆け寄って助け起こしてくれたそうです。近くの民家に運び、治療を頼んで消えた。おかしいと思いませんか?」
エック兄様は、すでに答えを見つけている様子ね。クラウスがエック兄様に質問を始めた。単純な内容で、相手の服装や髪色、それから言葉のアクセント。他国による関与を疑っているみたい。
「ひとまず、先に父上の罰を決めよう」
エック兄様が持ち込んだ話は、証拠や情報集めが必要だわ。後回しにして、罪が確定したお父様の罰を優先する。ルヴィ兄様の発言に、全員の視線がお父様へ注がれた。皇帝として君臨していた頃は、きちんと表情を作っていたのに……家族だけの状況に油断したのか、また唇が尖っている。
「お父様、反省していないようね。ガブリエラ様に言いつけますわよ」
「それはやめてくれ、ちゃんと反省している」
「反省している方の態度ではありません!」
撥ね除けて溜め息を吐いた。叔父様が大きく頷く。
「お父様の大好きな叔父様が、修行の間、構ってくださるそうですわ。修行を二周終えるまで、私とジルヴィアへの面会を禁止します。これは決定事項です」
「なぜだ?!」
「やはり理解していないのね、お父様。まずジルヴィアは赤子で、首が据わったばかり。あちこち連れ歩いていい年齢ではありません。たまたま運がよく、ケガをしなかっただけ。一歩間違えたら命にかかわるのよ。そうでなくても、赤子は容体が急変するの。母親や乳母など、慣れた人でも見落とすというのに……何かあって、お父様が気付けるとでも? 皇帝とはそこまで万能なのかしら? いいえ、そんなことないわよね」
返事や言い訳の隙を与えず、びしびしと事実を指摘する。これを一時間も続けたら、お父様が再起不能になるわ。もごもごと口を動かすものの、睨みつけたら反論はなかった。
こんな方でも、先代皇帝でお父様……厳しいことで知られる神殿の修行でも、一番過酷なやつを二周で許してあげます。そう締め括ったら、項垂れてしまった。同情する余地はないけれど。