112.犯人には痛い目を見てもらうわ
「トリア様! 皇女殿下は……」
「……いない、わ」
ある意味、ほっとした。この場で動かない我が子と対面したら、絶対に立ち直れないわ。ここで殺さずに連れ去ったなら、絶対に理由がある。私達への切り札として使うか、または身代金を要求するか。
「護衛の騎士はどうしたの!」
「申し訳ございません、先代陛下のお呼び出しを受け……」
「お父様、の?」
首を傾げる。危ない予感が消え、代わりに呆れが広がった。まさか、お父様が連れ去ったの? でもまだ国境の砦にいるはずよ。いつ帰って、なぜ連れて行ったのか。いえ、半分はわかっている。ガブリエラ様がいない隙に、独占して過ごしたかっただけね。家族に関しては甘く、驚くほど阿呆になるから。
倒れているアンナを確認すれば、眠っているだけ。どうやら護身用の睡眠草を使われたみたいね。悪知恵の働く父親に、本気で腹が立った。首が据わったばかりの赤子を、母親や乳母から引き離すだなんて!
「っ、お父様とジルヴィアを捜して! 最優先よ」
「承知いたしました」
騎士達が分散して動き出す。窓が開いていた執務室へ戻り、中を見回す。私が踏んだ書類が数枚、そのほかに何か落ちているはず。駆けつけた侍従達が拾う書類に、足跡を発見した。女性用の細い靴ではなく、がっちりした男性の靴跡ね。
「……まさかとは思いますが……」
「そのまさかよ。おそらくお父様だわ。窓から入ってはいけないと、何度も……」
過去にもやらかしたお父様は、ガブリエラ様にかなりきつく叱られた。それでも時間が経てば、懲りずに似たような騒動を起こす。額を押さえて、近くのソファに座った。
ジルヴィアに何かあったかと思ったあの瞬間、心臓が凍るかと思ったわ。計画の柱とか、そんな理由では説明できない。あの子が本当に愛しくて、大切なの。お父様には痛い目を見て頂きましょう!
「ルヴィ兄様とエック兄様に面会の連絡を、それからガブリエラ様に手紙を出します。準備して」
侍従達に命じ、先触れの返答を待たずに歩き出す。お兄様二人は、まだ打ち合わせで執務室でしょう。
「お手を」
クラウスの声が私を落ち着かせてくれる。あの子の安全は疑わないけれど、泣きだしたらお父様の手に負えないでしょうに。表宮へ向かう途中で、叔父様に追いついた。私とクラウスが席を立った後、まだ打ち合わせをしていたみたい。
「叔父様、お願いがありますの」
呼び止めて、事情を説明した。目を見開いて「なんてことを」と零した叔父様は、私の味方よ。異母弟である叔父様に甘いお父様を、より反省させることができる人を確保したわ。
「同行します」
侍女など人目があるので、丁寧な大神官の仮面を被る叔父様は斜め後ろについた。やや足音荒く進み、エック兄様の執務室の扉をノックする。許可を得て入室したら、予想通りルヴィ兄様もいた。それと先触れに立った侍従も……。彼に労いの言葉をかける。
「父上がやらかしたらしいな」
「ええ。奥の宮にはいないと思うの。どこか心当たりはあるかしら?」
尋ねる私に、エック兄様が宮殿の地図を広げた。手早く数か所に印をつけていく。
「この辺りでしょう。手分けして捜しますが、早くしないと……」
ここで叔父様が地図を覗き込み、一か所を指で示した。
「ここだ。ほかの場所は以前に隠れて見つかっている」
家族だけの部屋に、叔父様の怒りに満ちた声が響く。走りだそうとした私を押さえ、先に叔父様とルヴィ兄様が向かう。エック兄様は各所に指示を出し、護衛を動かす以外の問題を起こしていないか確認を始めた。私はクラウスと歩調を合わせて追いかける。
踵の高い靴を脱いで走りたい気持ちを堪え、やや大きな歩幅で踏み出した。見つけたら顔を引っ叩いて、靴で踏んで……呪いのように考えが言葉になってこぼれ出る。
「しばらく面会を禁止するのは効果がありますよ」
クラウスの指摘に、彼も怒っているのだと察した。