111.ジルヴィアはどうしたの
ガブリエラ様とフォルト兄様へ手紙を出す。どちらも私が書くことになった。お父様に関しては、手紙がなくてもガブリエラ様に教えてもらえるはずよ。国境の砦には明日にでも到着するけれど、フォルト兄様はもう少しかかるわね。
騎士団の精鋭が馬を乗り継いで走らせても、三日目の朝が最短でしょう。ガブリエラ様のところへ立ち寄る女性が、伝令より早く到着するはずがない。そのため急ぎといっても、緊急扱いにはしなかった。
お茶会を終えた私の手を支えるクラウスに、首を傾げる。
「どこで、その女性を知ったの?」
「イエンチュ王国に伝手がありまして」
情報屋が情報源を隠すのは当然よ。でも気になって口から出てしまったの。イエンチュ王国は、様々な部族の集団で王は持ち回りなの。王への挑戦は五年ごとに認められており、毎回、立候補者が各部族から選出される。部族内で事前に戦って候補者を絞るから、全部の部族が一人ずつ代表を出す形ね。
優勝者が王と戦い、勝てば王位が移動する。力がすべてのわかりやすい構図だった。ある意味、洗練されているのかもしれない。王を出した部族は、多少発言権が強くなる程度の恩恵しかないの。でも一族から王を出すことは誉れであり、親兄弟は一族内での立場が強まる。
ガブリエラ様は翌年の優勝候補だったのよ。よくお父様に嫁いでくれたわ。なんでも、弟君に挑戦権を譲ったと聞く。一回は決勝戦で負けたものの、五年後にリベンジして王位に就いた。二期十年務めて、自ら退位したはず。
記憶を探りながら、どこの部族と繋がっているのかしら? とクラウスを見つめた。
「そのようなお顔をされても、情報源は明かせません」
「そうよね」
にっこり笑って話を切った。失礼なことをしてしまったわ。そこでふと気づく。娘のジルヴィアをお茶会に連れてくるよう命じたのに、アンナはどうしたの? 宮殿内が騒がしい感じではないから……大丈夫よ。あの子がぐずっただけ。
連れてこなかった理由を頭の中に思い浮かべるも、不安が膨らんだ。手を引くクラウスより前に出る足が、焦りを示す。
「何かございましたか」
「ジルヴィアが、来なかったでしょう? それで……」
「では、失礼して……急ぎましょう」
重ねた手をきゅっと握り、引き寄せられる。急いでいた足は素直に彼に従った。たたらを踏む前に、ひょいっと抱き上げられる。今までの速度が嘘のように、クラウスは走り始めた。あまりに揺れるので、首に腕を回してしがみつく。
怖いのに、落とされる心配はしなかった。支える腕は逞しく、回された腕の位置も適切よ。強張った体を深呼吸で緩めた。庭から廊下に入ると、さらに速度が上がる。すたすたと進む先に、見慣れた扉があった。
「扉を開けてください」
「わかったわ」
首に回した腕を伸ばし、近づいたノブを回す。そのまま肩で押したクラウスが、滑るように室内へ入った。
「っ! うそ!!」
室内は荒れている。開けっ放しの窓から風が入ったのか、書類が床に散らばっていた。何かが盗まれたとしても、すぐには判断できない状態よ。それ以上に、隣へ繋がる扉が揺れる事実に目を見開いた。
「おろ……」
「騎士を呼びます」
私を下したクラウスの声に、はっとする。そうよ、入り口に警備がいたわ。それが消えていて、閉まっていた窓や扉が開けっ放し。まだ敵がいたら……足元の書類を踏みながら、机の裏に隠した短剣を引き抜いた。鞘を机の上に残し、抜き身で進む。
鼓動がうるさくて、周囲の音を聞き洩らしてしまいそう。自分が攻撃されても、ここまで怖くないわ。でも……ジルヴィアは違う。無力で何もできず、襲われたら身を守れない。あの子が傷ついていませんように。泣き声が聞こえないのは、眠っているから。アンナは何か理由があって……。
何もなかったと笑える状況を望みながら、風で揺れる扉を押す。左右に目を配り、陰になる場所に注意しながら踏み込んだ。正面に倒れているのは、アンナ? ベビーベッドに駆け寄り、中を覗いて膝から崩れた。