104.この夫にしてこの妻あり ***SIDEガブリエラ
頭の回転は残念な義息子だが、戦に関する嗅覚は鋭い。大急ぎで戻った国境の砦は、すでに出立した後だった。残されたマインラートが、のんびりと出迎える。
「皆はどうだった?」
「出来のいい義娘がいると楽ができる」
にやりと笑った私に、マインラートは眉根を寄せた。どうやら可愛い異母弟が気になって仕方ないようだ。もう「可愛い」だの「愛らしい」だのが似合う年齢でもあるまいに。いまだに幼子のように気に掛ける夫は、ウルリヒの話を聞きたがった。
「ウルリヒなら問題ない。そなたがおらずとも一人前にこなすぞ?」
「……それはそれで悲しい」
求められたい、何かあれば頼ってほしい。他の弟妹に対しては冷淡なのに、ウルリヒに関してはやけにこだわる。以前に白状させようと、下種な勘繰りを口にしたことがあった。自分の名誉ではなく、異母弟の耳に入ることを恐れて憤慨する。まるで母親のようではないか。
幼い頃から、後ろをついて歩いたという。他の弟妹にはなかった「後追い」行動が、その後の扱いの差を生んだ。マインラートは皇族らしく顔が整っているが、とにかく感情が薄い。家族以外への愛情表現はゼロと言っても過言ではなった。
己の子らは四人とも愛しているが、懐かなかった弟妹への愛情は薄い。側妃に入った三人の女性達もそれは同じだった。家族である子を産む道具と見做し、愛情は注がなかった。彼女らも特に気にした様子はなかったが、マインラートの選んだ妻は実質私一人といえよう。
誇る気はないが、やれやれと呆れる。人一倍愛情を持っているくせに、表せる相手が限定されるのだ。家族と認識した者への過剰すぎる溺愛を、必死で抑えさせた。隠居してようやく好きなように振舞う彼に、これ以上の意地悪は不要か。
「ウルリヒとトリアは、デーンズ王国を崩壊させる。かの国の公爵家を巻き込み、上手に絡めとるだろう。となれば、アディソン領とつながる国境の価値が高まるぞ」
「暴走する阿呆が出るか? 叩き潰してやろう! 我が妻が!!」
そこは「我が」と答えるべきだろう。いくら強さに明確な差があるとて、妻の背を押して差し出すとは……。
「よくわかっているではないか」
にやりと笑う。一般的な夫婦なら、夫の不甲斐なさに怒る場面か? だが、私には心地よい。絶対に国境を守り切ると、私を信じている男だ。
「当然だ。ガブリエラが私の知る最強だからな」
この信頼がある限り、私達は死ぬまで夫婦として共にあるだろう。出迎えた夫を連れて砦の階段を登れば、見下ろす先に広がる町は朝食の支度に忙しい。朝日はすでに地平線を越えて、暖かな日差しが降り注いでいた。
夕飯の誘いを断り、夜通し駆けた甲斐があったな。目に沁みる光に口角を引き上げた。後ろからひぃひぃ言いながら追いついた夫が、隣に並ぶ。少し運動不足ではないか? くすくす笑いながら、抱き寄せて並んだ。
「攻めてくるとしたら、どんな手があるか?」
「そう、よな。……民の振りで潜伏する、いや、盗賊になるか」
ぶつぶつと呟き、マインラートは一つの可能性にたどり着いた。
「我なら潜伏を選ぶが、奴らは動けぬだろう」
「ほう?」
詳細を問う声に、マインラートは息を整えて話し出した。潜伏するにしろ、襲撃するにしろ、ある程度の人数が必要だった。王侯貴族の組織だった動きは期待できない以上、内部分裂する。残った貴族同士であれこれ画策しようと、立場の違いや兵力の差で揉めるはず。
「アディソンの貴族制度は崩壊したからな」
ここが重要だった。王制を倒した民は、貴族から台頭する王を求めていない。帝国に統治を委ねて安泰を図るなら、どこかの貴族が名乗りを挙げても人々はついていかない。その状態で貴族同士が以前の力関係を振りかざせば、話は纏まらずに崩れるだけだった。
「事前に打った楔が、いい仕事をしたではないか」
「当然だ、我が絡んだ仕事だからな」
にやりと笑うマインラートの得意げな顔に、笑顔で頬を寄せる。親愛のキスを頬に落とし、この先の明るい未来を示すような眼下の景色を楽しんだ。ここは押さえてやるから確実に仕留めろ、我が子らよ。




