101.こういうのも悪くないわ
すぐに白状するくせに、どうして手を出していないなんて嘘をついたのかしら! 廊下を歩く私の足取りは、普段より乱暴だった。腕を組んだクラウスは、大股で調整している。申し訳ない気持ちになり、歩調を緩めた。
「ごめんなさいね、八つ当たりだったわ」
「いえ。お気になさらず」
「そう? でもルヴィ兄様が羨ましかったのでしょう?」
忘れていないわよ。そう示したら、クラウスの耳や首が真っ赤になった。表情だけは平静を保つけれど、もごもごと口が動いて……けれど言葉は呑み込まれる。
「言って頂戴」
「っ、では……その、頬や額に口づける権利をいただけたら、と思っております」
口籠った割りには、可愛いお願いだった。てっきり口づけや強い抱擁を求めるかと。そこまで考えて、自分がそれを望んでいるのでは? と恥ずかしくなる。赤くなるのが自分でもわかった。かっとなった頭は上手に働かない。
「申し訳、ございません」
彼の言葉の直後に赤くなったので、失礼なお願いをしたと思わせてしまった。慌てて首を横に振り、何もない振りで了承する。
「構わなくてよ、婚約者ですもの」
「無理をなさっておいででは?」
「っ、全然平気よ」
強い口調で言い切った。ちらりと上目遣いで彼の表情を確認すると、クラウスは完全に真っ赤だった。きっと私も赤いはずよ。その後は無言で歩き出し、歩幅を合わせるクラウスと自室まで歩く。部屋の前で立ち止まり、にっこりと笑った。
このまま返したら、私が初心な小娘みたいだわ。なんか、負けた気分になる。寄っていくよう促した。
「……トリア様、男を部屋へ招いてはいけません」
「あら、婚約者ですもの。問題ないわ。それとも襲うの?」
「神に誓って、あなたの意に沿わぬ行為はいたしません」
断言したクラウスへの好感度が上がる。既婚者で子供もいるから、それなりの扱いでもいいでしょうに。私を本当に好きで、大切にしようとする彼の気持ちが嬉しかった。血を薄めるだけなら、クラウスとの結婚でもよかったのに……少しばかりの後悔が胸に広がる。
「ではお入りになってね」
扉を開けて彼を招き、エリーゼにお茶の支度を頼む。心得たように、お気に入りの花茶の缶が選ばれた。考えてみたら、部屋には専属侍女がいる。二人きりではなかったのよ。
ここで、はたと思い至る。
「ねえ、クラウス。ルヴィ兄様はどうして私達を誘ったのかしら?」
お茶でもどうだと言われたけれど、マルグリットのいる客間へ向かった。彼女との関係を口で否定したくせに、すぐに嘘が露見する。あの一連の流れは、何を意図して行われたのか。裏を勘ぐってしまうわ。
「おそらく、ですが……皇帝陛下は、婚約者のザックス侯爵令嬢と関係を持ったことを叱ってほしかったのかと。皇太后陛下もご不在ですし……」
ガブリエラ様がいたら叱るより、孫の顔が見られると喜んだかも? どちらにしろ、ご自分の感情の整理に私の手を借りようとした。長男だけれど、皇妃の子で甘やかされたルヴィ兄様らしいわ。
「殿方って仕方ないわね」
「ええ、いつまでも子供です。皇帝陛下も、私も」
エリーゼの淹れた花茶が並べられる。カップを手に取り、まずは香りを楽しんだ。一口味わい、肩の力を抜く。自然と表情が和らぐのがわかった。
「エック兄様にどう説明しようかしらね」
返事を求めない呟きに、クラウスはまたお茶を口に含む。こういう察しのいいところ、私は好きよ。居心地がいいもの。難しい話をせず、他愛ない会話を楽しんでお茶の時間を終えた。
帰るクラウスが紳士的に一礼するから、悪戯心が芽生える。顔を上げた彼の頬へ、伸び上がってキスをした。固まった彼が復活するまで、胸の奥がむず痒くて擽ったい感覚を味わう。こういうのも悪くないわね。




