01.実家に帰らせていただきます
「いってらっしゃい、あなた。気を付けてね」
いつも通り笑顔で見送る。この二年、同じ生活だった。玄関ホールで振り返り、夫は手を振って仕事に向かった。王宮で護衛の仕事をする夫は、仕事時間が一定ではない。三日出勤して二日休むのが基本、来賓があれば一週間以上戻らないことも珍しくなかった。
だから……疑わなかったの。なんて愚かなのかしらね、私ったら。彼の姿が見えなくなった途端、くるりと踵を返した。
「奥様」
「ええ、すべて片付けて頂戴」
命じることに慣れた唇は、当たり前の指示を下す。一礼した執事が動き、侍従達が家具に埃避けの白い布を掛けた。立派な屋敷の中は、あっという間に片付いていく。壺や花瓶は丁寧に梱包され、専用の部屋に仕舞われ施錠された。
私のクローゼットも、昨夜から侍女の手で整理している。残った服も衣装箱に片付け、小物や装飾品も丁寧に梱包された。空になった部屋をぐるりと見回し、満足して頷く。隣の寝室へ通り抜け、がらんとした棚を横目に夫の部屋へ入った。
「お嬢様、こちらは騎士団へ送る分でございます。残りは処分いたしますが構いませんか」
この屋敷の執事ではないが、執事服に身を包んだ初老の男性が指示を仰ぐ。箱の量は左右、同じくらい。左側は夫が持ち込んだ私物よ。右側は私が買い与えた服や装飾品だった。もちろん、これから使う人はいないのだから、処分するのが正しい。
「一任します、ありがとう……コンラート」
白髪の増えた頭を深く下げ、本家の執事コンラートは敬意を示した。私をお嬢様と呼ぶのは間違いではない。幼い頃から面倒を見てくれた彼は、正しく状況を理解して対応している。だから指摘せず、鷹揚に頷いた。
「馬車の支度は?」
「出来ております。エーデルシュタイン大公閣下が、さきほど到着なさいました」
あら、フォルクハルト兄様が迎えに来たのね。護衛を兼ねて、軍事を束ねる末の兄が同行してくれるなら安心だわ。ほっとして、子供部屋へ向かった。夫婦の寝室から近い一室で、可愛い一人娘は眠っている。屋敷の中の騒がしさなんて、気にしない大物だわ。
「迎えに来たぞ、お? その子が俺の姪イングリットか。可愛いな」
鎧の音をさせて入ってくる兄に、抱き上げた娘を見せる。さすがに目を覚ましたけれど、泣かずにきょとんとしていた。大きな青い瞳がぱちぱちと瞬く。口を大きく開けたイングリットは、欠伸をして口をもぐもぐと動かした。
「俺を見て泣かないのがいい。移動が楽なよう、エック兄が専用の馬車を用意した。快適だぞ」
「まぁ、素敵。楽しみだわ」
久しぶりの兄妹での会話に、執事コンラートが目を細める。ふふっ、こういうの擽ったいわね。兄のエスコートで屋敷を出た私は、用意された馬車に乗り込んだ。振り返ることはない。集まった騎士の敬礼を受けながら、馬車はゆっくりと走り出した。