第6話 夜の闘技場
「もう真っ暗じゃん・・・」
月が夜空に輝いている頃、フォライドは王城敷地内の闘技場に向かっていた。
「水筒、闘技場に忘れちゃってたのかな?」
日中にモンブズと特訓をしていた時に使っていた水筒。夕食を摂り終えて自室に戻ったフォライドはそれが手元に無いことに気づき。
いつも通り持って帰って部屋に置いていたと思っていたのだが、それは勘違いだったようで、仕方がないので暗い中に闘技場まで探しに来ていた。
「前世の小さい頃もよく忘れ物してた気がするな・・・。本当、転生しても変わんないよボクは」
自分自身に呆れかえっているフォライドは城内を警備していた近衛兵に事情を説明して鍵を借り、闘技場に入る。
「・・・あれ?」
すると闘技場内のベンチには人影があり。
「ユーネス・・・?」
「あ、あれ?フォライドさんじゃないですか?」
彼らは互いが驚いたように目を丸くして、顔を見合わせる。
「ど、どうしてこんな時間に闘技場にいるの?」
「それはわたくしのセリフですけど・・・。あ、もしかしてこれを取りに来ました?」
するとユーネスは丸っこい顔に優し気な笑顔を見せ、両手に抱いていた水筒を見せる。
「あ。そ、それ」
「ここのベンチの下に置いてありましたよ?忘れ物ですか?」
優しく「はい、どうぞ」と言って、そばにまで近づいてきたフォライドに水筒を手渡すユーネス。そして彼女はそのまま、夜空に浮かぶ月に目を向けた。
「あ、ありがとう・・・。ユーネスはどうしてここに?」
「ここ、わたくしの好きな場所なんです。実は昔からたまに部屋を抜け出してはここに来てて。月を眺めてるんですよ」
「・・・隣、座っても良い?」
「もちろん。どうぞ」
こう答えたユーネスは少し位置をずらし、フォライドも空いたスペースにゆっくりと腰をかける。
「綺麗ですよね、月って」
いつもの下ろしている姿とは違って、桃色の長い髪を後ろにまとめているユーネス。彼女の大きな瞳には、輝く月が美しく反射していた。
「ここの鍵、さっきボクが借りたんだけど・・・。どうやって入ったの?」
夜空を見上げているユーネスのことを見ながら、フォライドは不思議そうに尋ねる。すると彼女は口元に手を持ってきて上品な笑い声を上げながら答えた。
「ふふ、気になりますよね?実はこの闘技場の隅、隠し扉があったんですよ」
「え!?そ、そうなの!?」
さらに彼女は続ける。
14歳までは消灯時間が厳しく決められており、夜間は自室からほとんど出ることができなかった。
しかしこの王城に来て1年後のある日。まだ11歳だった自分は外に出て月を眺めたいと思っており、こっそりと部屋を抜け出して夜中にここの周辺をうろついてた。
するとそこに人影がやって来て・・・。
「実はそれが陛下で。怒られると思ったんですけど、その隠し扉の位置を教えてくれたんです。それで『余は知らないふりをしておくから、しばらく夜空を眺めて色々なことを考えなさい』って」
この件以降、彼女はその隠し扉を用いて闘技場に侵入してはこのベンチに座っていたという。
こう話し終えてどこかスッキリしたような表情を浮かべるユーネスを見て、フォライドは目を丸くする。
「し、知らなかった・・・。でも確かに14歳まではかなり生活も厳しかったし」
「そうです!でもたまに、5人でこっそり抜け出して城の探検とかしましたよね!」
「あったあった!そう言えば覚えてる?12歳ぐらいの頃、皆で暗い城内を探検してる時にモンブズが急に『お腹が痛い・・・』とか言い出してさ」
それからフォライドとユーネスは、これまでここで過ごしてきた思い出話に花を咲かす。
来てすぐのことから、つい最近のことまで。
楽しかった出来事、面白かった出来事、怖かった出来事に辛かった出来事。
気づけば1時間近くはこのような会話を続けていた。
「何だかこうやって、しっかり思い出すとここに来てから色々あったなあ」
「そうですね。考えてみれば毎日が慌ただしくて。こういうことを話す機会もありませんでしたね」
ふたり揃って月を見上げ、言葉を交わす。
「・・・フォライドさん。魔王討伐の旅、どうするんですか?」
ユーネスは静かに、フォライドに問いかける。
「本当は一緒に行きたい。だから今日もモンブズの手を借りて魔術を発動できないか四苦八苦してたけど」
フォライドは顔を下げてユーネスの方に目を向け、首を横に振った。
「やっぱりダメだね。まだ陛下と直接話してないから何ともだけど、最悪のことも想定はしてるよ」
ただ「皆の前で『一緒に行きたい!』って言った手前、ギリギリまで諦めないけどね」と続ける彼のことを、ユーネスも見つめる。
「・・・寂しいです。やっぱりここまで5人で頑張ってきたわけですし」
見つめ合う両者。
「フォライドさん。ちょっと良いですか?」
「え?」
ユーネスはこう言ってフォライドの前髪に両手を伸ばす。そのまま長い髪をかき分けると、何の障害も無く、本当の意味でふたりは互いの瞳を捉えた。
「この長い前髪、切れば良いのに」
静かに笑うユーネス。
「む、昔からこうだったら・・・。今更髪型変えるのも・・・」
少し照れた様子で返すフォライドだが、ユーネスは右手で彼の頬をそっと触れる。
「フォライドさん、モンブズさんと一緒にいる時間が多かったですけど・・・。わたくしとも結構行動を共にしていましたよね?」
彼は思い返す。
確かにモンブズが一番の友達のような関係だが、ユーネスと過ごした時間も決して短くない。
彼女は魔術を扱えずに悩むフォライドには献身的に声をかけ、夜遅くまで書物を読み漁っている時には、差し入れを持ってきてくれることもあった。
食事の際でも事前と隣の席になることが多く。細かくは覚えていないものの、色々な話をした。
「そう・・・だね・・・」
ユーネスに見つめられたフォライドだが、心の中ではこう繰り返していた。
やめろフォライド。
確かに少し前から、彼女がボクに対して好意を抱いている予感はしていた。
だけどボクの前世は殺人犯。しかも29歳で死んだボクの精神年齢はそのままだけど、前世の記憶が無いユーネスまだ16歳の少女だ。
新たな命に転生できたからと言って、こんな自分が心優しいユーネスと結ばれるなんて許されるわけがない。
「フォライドさん。・・・わたくしは」
彼女がこう言った瞬間。
ドォォォォォン!
巨大な物音がし、闘技場の地面が揺れる。
「な、何だ?」
ふたりとも思わず立ち上がり周囲を見渡すと、闘技場の壁の一部が破壊されており。
「あ、あれは・・・魔族!?」
フォライドとユーネスの瞳は、そこから姿を現す、灰色の肉体を持つ一つ目の巨人を捉えた。