第4話 悩みの種
魔術師の子供たちの、17歳の誕生日を目前に控えていた深夜。ソルライク王国・王城の一室。
薄暗いその空間では、火が灯る一本の蝋燭が置かれたテーブルを挟み、ふたりの男性が言葉を交わしていた。
そのうちのひとり。ソルライク王国の国王・ジャヴェンスは険しい顔で口を開く。
「・・・余はやはり思う。フォライドは旅に連れて行かない方が良い。実力不足が過ぎる」
彼の目の前にいるのは、炎魔術師であるラクェル。
「しかし陛下。それでは目的を果たすことができないかと。私たちは5人で魔王を討伐するんですよね?」
背筋を伸ばした彼は、自身の髪と同じ赤色に輝く蝋燭の炎に照らされながら、ジャヴェンスの言葉に異議を申し立てる。
「たとえフォライドくんが魔術を使えることができないとしても、5人全員で『光の国』の魔術師パーティーです。それに彼は自分ができることを懸命に行い、役に立とうと努力をしています」
ラクェルは鋭い目つきを、老人であるジャヴェンスに向けこう言葉を並べるが・・・。
「しかしあのままでは危険。強力な魔族のみならず、弱い魔族でも足手まといになってしまうだろう」
「そんなことはありません。それに旅の道中で魔術を扱えるようになるかもしれません」
「・・・交渉は平行線じゃな。リーダー格のお主がそう言おうとも、余はやはり彼を魔王討伐に参加させるのは反対じゃ」
しゃがれた声を出すジャヴェンスは、ゆっくりとイスから立ち上がって呟く。
「・・・一回。たった一回で良いんじゃ。フォライドが一度でも死霊魔術を使えることができれば旅に同行するのを許そう。しかしその期限はあまりにも短い。それはお主も分かっているだろう?」
そして自身に背を向けて扉のノブに手をかけたジャヴェンスを見ながら、ラクェルは頷く。
「もちろん。私たちは17歳を迎えた時、魔王討伐のために出動します。そしてそれは残り3日。それまでに、フォライドくんをどうにかしなければなりません」
そして「分かっているなら良い」と口するジャヴェンスは、静かにその部屋から出て行った。
薄暗い部屋に残されたラクェル。彼は深くため息をついて思案に耽る。
「残り3日・・・どうにかするか・・・」
◇
翌日の朝。
ソルライク王国の首都・タイオの高台にある王城は慌ただしい雰囲気に満ちていた。
『遂に5名の救世主が魔王討伐のため旅に出る』
この話は国中に駆け巡り、国民からは励ましの手紙が送られ、さらには支援物資なども寄贈される。
王城で働いている侍従や近衛兵たちは、本職そっちのけで次々と届く物品の仕分けや管理、そして旅の準備に追われていたのだ。
ところがそんな期待とは裏腹に。旅の出発を目前に控える魔術師5人の表情は暗かった。
「・・・ということが陛下のご意見だ」
炎魔術師・ラクェルの部屋。
白色を基調としたシンプルな内装、その床にはすでに着替えなどが詰め込まれた革製のバックパックも置かれており。
だが部屋の主は、眉間に皺を寄せてベッドに腰かけながら、自室に集めた仲間たちに説明を行う。
「つまり。このフォライドの野郎がろくに自分の魔術も使えねえから、ここに置いて行くってことか?まあ危険だってのは分からなくはねえけどさすがにそれは・・・」
ラクェルの話を一通り聞いた氷魔術師・モンブズは、水色の髪を短く刈った坊主頭をぽりぽりとかきながら確認する。
「そうだ。それが陛下のご方針。もちろん私はそれに反対したさ」
腕組みをしているラクェルはさらに「だってひとりでも欠けたら、それは『光の国』の魔術師パーティーではないからね」と言い、王国一の美少年だと評せるほどの顔を歪ませる。
「でも陛下がそう言うのも仕方ないんじゃない?可哀想だけど、フォライドっちがここまで魔術を全然使えないのは事実だし。強力な魔族との戦闘になったら大変でしょ?」
そしてその様子を見ていた雷魔術師・レラエも、彼女のトレードマークである短い金髪を揺らしながら自分の考えを主張した。
「そうなったら俺らで守ってやりゃあ良いじゃねえかよ」
「ただでさえユーネスっちも戦闘には不向きなのに、ふたりの守備に意識しないといけないのはマイナスの方が大きくない?今のままのフォライドっちだったら足手まといだよ」
「おいおい『足手まとい』は酷いな!それじゃ、フォライドの野郎とはここでおさらばってことか!?魔族の特徴だって学んでるわけだし、戦略担当としてぐらい使えるだろ!」
「そっちこそ『ぐらい』って言葉はダメでしょ!それって危険を冒してまで、フォライドっちのことを都合よく利用するってことじゃん。アタシはフォライドっちのことを本当に心配して言ってんの!」
「うるせえよ金髪野郎!」
「何よ筋肉バカ!筋トレバカ!・・・シンプルバカ!」
「よし、おめえが俺のことをバカだと思ってることはよく分かった!表出ろ!喧嘩だ!」
こうしてモンブズとレラエのやり取りがヒートアップしてきたところ・・・。
「はいはい、まずは落ち着きましょう」
手をパンパンと叩きながら、慣れた様子で回復魔術師・ユーネスがふたりの仲裁に入る。
「一番大事なのはご本人の意向ですから、ね?」
この言葉を聞いたモンブズとレラエは両者ともに小さく頷き、ここまでうつむきながら口を閉ざしていたフォライドに視線が集まる。
彼にとって、自身が魔王討伐の救世主として不相応だと思っていることは今も変わらない。
それに、ひとりだけたったの一度も魔術を発動できていないということを踏まえれば、ジャヴェンスやレラエの言うことも正しい。
「ボ、ボクは・・・」
それでもフォライドは、どうにか仲間を手助けできることはないかと様々な努力を重ねてきた。
ジャヴェンスからの話や、王城にある書物を基に魔族の特徴・弱点を学び。
皆の魔術も分析して、戦闘のシミュレーションも繰り返し。
旅は長くなるので、回復魔術師であるユーネスに頼り切るのも気が引けるとして、簡単な怪我の手当てや病気の治療法なども身につけてきた。
それにフォライドにとって、10歳からずっと一緒に成長してきた仲間への愛着は深い。
そのため「共に魔王討伐への旅に出たい」、「どうにかして皆の役に立ちたい」という想いを抱いているのもまた事実なのだ。
「・・・フォライドくん。自分の考えを正直に話してごらん」
言葉を選ぶフォライドに向かって、ラクェルは優しく声をかける。
前世で酷いイジメに遭い、その加害者である幼馴染を殺めてしまった自分。フォライドは、どうしてこんな自分がこの世界に転生できたのか分かっていない。
ただ前世での死の直前、「もし生まれ変われるなら正義の味方になりたい」と願ったことも覚えている。
ジャヴェンスの話を聞けば魔族というのは人間の国を蹂躙し、この王国もいつ侵攻されるか分からない状態らしい。
そうであれば。自分は。
正義の味方としての役割を、全うしたい。
「力不足だと思う。足も引っ張ると思う。だけど・・・一緒に魔王討伐のために戦いたい・・・!」
顔を上げ、黒く長い前髪の隙間から、フォライドは決意に満ちた瞳を見せた。