第43話 ユーネス、その前世と・後編
そして、わたくしは転生しました。
こちらの世界の両親は生まれてすぐのわたくしを抱きしめてくれて、精一杯の愛情を注いでくれて。
前世の苦い記憶を覚えていたわたくしですが、まるで小説や映画で見てきたファンタジー世界での第二の人生を謳歌していました。
人間の脅威である魔王・魔族がいる世界。それでも今度こそ、ここでは前世のような最後は迎えないようにと。そう心に決めていたんです。
ですが・・・。
「ユーネス。今から王城に向かうよ。ジャヴェンス陛下がお呼びなんだ」
この一言から、わたくしの人生はまたも暗礁に乗り上げてしまうことになります。
ジャヴェンス陛下に呼ばれ、占い師の老婆による判別を受け、わたくしは強力な魔力を持った回復魔術師であることが判明してしまいます。
さらに転生者であることも明かされ、せっかく前世のことを忘れようとしていた中、『過去の自分の過ちを消せると思うな』と神様から強い叱責を受けたような感覚に苛まれて。
それからはフォライドさんたちと王城に移り住み、魔術の指導を受けるようになるのですが・・・。
前世では歪んだ愛情にすがり、その相手に対して自らの手を汚したわたくしが、果たして魔王という巨悪を討伐する救世主に相応しいのか?
皆と共に鍛錬を重ねる毎日の中で、この不安はどんどんと肥大化していき、眠れない夜ばかり。
それでもそんな時、そばにいてくれたのは魔術師パーティーの皆さんです。
同性のレラエさんとは買い物などに行ったり、ラクェルさんやモンブズさんとも訓練に励んだり。
だけど・・・いつもわたくしの心が苦しくなった際に声をかけてくれたのはフォライドさんでした。
まだ幼いのに、優しく、心のこもった言葉を口にしてくれて。本当にわたくしのことを考えてくれているような感覚に包まれて。
フォライドさんの存在が、どれだけ自分にとって大きかったか。
しかし、わたくしの悩みの種が完全に消えることはありません。
王城に来てから1年が経ち。
置かれた状況に耐えかねたわたくしは、ある晩にルールを破って王城を抜け出し、敷地内にあった闘技場の周りをうろつきながら頭を悩ませていました。
そしてそこに現れたんです。
ジャヴェンス陛下が。
◇
「おお、こんなところでどうした?ユーネス」
「あ。へ、陛下・・・」
ジャヴェンス陛下はわたくしの方に、心配そうな表情を浮かべて近づいてきます。
「この時間はもう、部屋から出てはいけないはずじゃろう」
確かに。まだ11歳だったわたくしはこんな夜遅くに外に出てはいけません。
思わず目を伏せ、口ごもる。
するとジャヴェンス陛下は優し気な笑みを浮かべて、こう言いました。
「ユーネス。正直に話してみなさい。余はお主の味方じゃよ」
その言葉を信じてしまったわたくしは、意を決して陛下に明かしてしまいました。
自分は前世の記憶を持ったまま転生したこと。その前世の最期はろくなものではなかったこと。
話し終えたわたくしは恐る恐る、陛下の顔を見ました。
「・・・そうか。辛かったじゃろう。お主は少し頭を整理する時間が必要だと思う。そこに闘技場への隠し扉がある。夜間、辛いと思った時にはそこを通って中で夜空でも眺めていなさい」
陛下はこう言って、わたくしの肩をポンと叩き、城の中へと戻っていって。
わたくしの心は少し軽くなりました。もしかしたら陛下のことを混乱させてしまうのではないかって考えていたので。
それからわたくしは隠し扉を使って闘技場に入り、夜空を見上げました。
ああ。気持ちがちょっとだけ楽になった。また、明日から頑張ろう。
ところが・・・。
これがわたくしにとって、運の尽きでした。
◇
翌日、わたくしは陛下に呼ばれました。「ふたりきりで話がしたい」と言われて。
そして謁見室に入室したのですが、そこには普段接する近衛兵とは違った雰囲気の方々がいらして。
ふらふらとしており、目の焦点も合っておらず、言葉も発さず。
怖くなったわたくしはすぐにそこから逃げようとしましたが、もうそれは無理でした。
玉座に座るジャヴェンス陛下は、その近衛兵を使って無理やりわたくしを目の前にまで連行すると、突然全てを矢継ぎ早に話し始めました。
自分は王族の遠縁でも何でもなく、昭和30年代の日本から来た転生者であると。
魔族との戦争を止めるために編成された旧魔術師パーティーの一員であり、死霊魔術師であると。
しかし自分は仲間を裏切り殺し、大量の屍を操作して世界中を荒廃に導いたと。
わたしたち新魔術師パーティーは邪魔な存在であり、今すぐにでも消えて欲しいと。
ただ魔力が昔のピーク時と比べて減り続けているが故、十分に成長したパーティーメンバーの魔力を奪い取るつもりだと。
『厄介』な存在であるフォライドさんには、魔力を減退させる秘薬を飲ませ続けていると。
「・・・え?」
雨あられのように降り注ぐ言葉の数々、わたくしは意味が分かりませんでした。どうして急にそんなことを?まるで荒唐無稽な創作のような話を?
困惑する限りでしたが、突然謁見室には見慣れない近衛兵とそれに連れられた魔族がやってきて。陛下は正体は屍であるという近衛兵に命令を出し、目の前で魔族を惨殺させたんです。
酷い光景でした。目を覆いたくなるような有様でした。
当然それを見て恐怖に慄いていると、陛下は満足そうに口角を上げ、わたくしに言ってきたのです。
「もう弱みは握っている。実は余も、転生時から前世の記憶を保持していたんじゃよ。我々のような人間は、この異世界で新しい人生を生きていくことなどできぬ」
呆然とするわたくしに、さらに陛下は続けます。
「どうせお主らはこの世界で長生きなどできない。余に協力するというのであれば17歳の魔王討伐の旅まで生かそう。ただ、もし協力を拒めば・・・。君の両親を即処刑じゃ」
「・・・っ!」
陛下は、転生してからたくさんの愛情を注いでくれたこちらの世界の両親に手を出すと脅迫してきたのです。
わたくしが両親に向けている感謝というのは計り知れません。
前日の夜に全てを明かしてしまったことがダメだったんです。
「それに魔術師パーティーの面々の家族も殺そうか。どうする?ユーネスよ」
それからわたくしは、陛下に協力すると頷き・・・。
皆への裏切りが始まったんです。