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第43話 ユーネス、その前世と・前編

わたくしの家は少し特殊でした。


両親は籍を入れておらず、おまけに父親はろくに仕事もしていないで幼い頃に蒸発。


それから母親は新しくできた恋人を家に入れるようになりましたが、ふたりはまだ小さなわたくしのことを邪魔だと思っていたようで嫌がらせをよくしてきました。


なのでわたくしは小学校に上がる時にはもうすでに、「こんな家を出てひとりで生きていきたい」と思うようになります。


ただ、やはり寂しかった。


授業参観でご両親と仲良さそうに話す友人を見た時。テレビに映る仲睦まじい家族旅行の光景を見た時。感動するほどの家族愛をテーマにした小説を読んだ時。


結局母親はその恋人と結婚。じきに妹が生まれましたが、母と新しい父はそちらに愛情を注ぎ、わたくしは時に見えない存在のような扱いを受けることもありました。


だからわたくしは決めました。


自分はあんな大人になりたくない。困っている人や辛い気持ちを抱いている人を助けたい、そばに寄り添ってあげたい。


わたくしは身内から冷たい対応をされる中でも懸命に学び、看護師になる道を選んだんです。





「なあ。今日の夜は空いてるか?」


「・・・はい」


奨学金を借りながら看護の勉強を終えた後、20代終盤のわたくしは、地域医療の根幹を支えている総合病院に勤務していました


しかしそこで院長の息子である中年の医師から迫られて断ることができず、なし崩し的な関係になってしまいます。


相手が妻子ある身だと知っていました。罪悪感はありました。後悔もありました。


けれど、それをやめることができません。


こちらだって、相手は遊び感覚だと分かっている。彼には帰るべき家があって、そこに家族がいることも理解している。


それでも愛に飢えていたわたくしは、彼と共に過ごす時間だけが。彼が耳元で囁くわざとらしい愛の言葉だけが。人生の中で欠けている個所を補ってくれていると思い込んでいました。


ただ、ある夜。


「今日で君と会うのは最後だ。妻も段々と他の女の匂いに気づいてきたようだし」


「・・・え?」


わたくしの家で、突然別れを切り出されました。


頭の中が真っ白になったわたくしですが、帰りの身支度を進めながら、構わず彼は話を続けます。


「君も、もう良い歳だろう。遊んでばかりいないでさ。婚期を逃すと大変だぞ?」


4年間。わたくしは4年間、彼と関係を持っていました。


もちろん権力をちらつかせ甘い言葉を並べてきた彼の誘いに負け、受け入れてしまった自分の責任。


そうは言っても、まるで他人事のような口ぶりで言葉を並べる彼に唖然としてしまうわたくしでしたが、彼はさらにこんな行動を取ってきました。


「ほら。手切れ金と思って。奨学金の返済とかもしてるんだろう?」


ヘラヘラと笑いながら彼がわたくしに手渡してきたのは、しわくちゃの1万円札が、2枚。


この行為を見た瞬間、真っ白だった頭の中に、突如として怒りの炎が燃え上がったような感覚に苛まれて。


「ふざけないでください・・・」


「え?いやだってこれがバレたらお互いに大変だろう?それに普通の若い男じゃ金も渡さずにポイだ。人生経験豊富なこちらの優しさは素直に受け取った方が良いぞ」


「・・・!」


ショックを受けているわたくしのことを無視し、じきに彼は家から出て行ってしまいました。





それからは衝動的に動きました。


翌日、彼に「ふたりで話す時間が欲しい」とメッセージを送り。


丁度ふたりとも日勤だったので時間を合わせることもでき、わたくしたちは病院内でも人通り・車通りの少ない、敷地の隅にある駐車場で落ち合いました。


「何だよ。昨日でもう関係は終わっただろう?」


彼は怪訝そうな表情を浮かべてわたくしの方へとやってきます。


「それとも何だ、そんなにこっちのことが忘れられないなら・・・。気が向いた時にホテルで会うっていうぐらいならしてやっても良いぞ?」


目を伏せているわたくしの方を見ながら彼はこう言い、昨日お金を渡してきた時に見せたような、ニヤニヤとした笑みを浮かべました。


「・・・違います。でも、ちょっと聞きたいことがありまして」


「何だよ?」


思ったような反応ではなかったのか、面倒そうに頭をかく彼に向かってわたくしは尋ねました。


「わたくし以外に、関係を持っている女性はいますか?」


それを耳にしてしばしの沈黙が続いた後。彼は急に大笑いを始めて、涙まで流したんです。


「はーはっはっはっ!やっぱ女の勘っていうのは凄いな!」


「っ。それじゃあ・・・」


「ああそうだよ。大体、そっちも用済み女の後釜で選んだわけだしな。だけど次の女はこの病院の関係者じゃないから安心しな。こっちもリスク管理はしてるんだよ」


おまけに彼によると、その女性はわたくしよりも若く。それに自身が既婚者であることを隠しているとのことでした。


「あー。こういう風に、隠し事しないではっきり喋るとすっきりするもんだな。勉強になったよ、ありがとう」


そうして彼は意味の分からない礼を口にしましたが、わたくしは首を横に振ります。


「ご家族がいるわけですし、その女性も可哀想です。もうそんなことやめたらどうですか!?せっかく患者さんからの信頼も厚いのに、こんなことをして・・・」


このように懸命に説得をしますが・・・。彼は眉間に皺を寄せるだけ。


「バカだなあ。仕事とプライベートは別だろう?・・・悪いけどそっちがそんなこと言っても、自分よりも若い女に負けたことの遠吠えにしか聞こえないぞ」


「・・・いい加減にしてください!」


「うるさいなあ。こっちは院長の息子、まさか力関係を分かっていないわけじゃないよな?」


わたくしは彼のことを止めようと近づきますが、男性と女性だと腕力に差がある。距離を詰めてしまったがために、彼はこちらの胸倉を掴んでギロリと睨みます。


「こっちとそっちには上下関係があるんだよ。どっちが上で下ぐらいその恋愛脳でも分かるだろ?」


そう言うとじきにわたくしから手を離す彼でしたが、こちらに背を向けて。


「じゃあな。まだここで働きたいんだったら素直に黙ってろ。業務上で嫌がらせとかはしないから安心しな」


こう吐き捨てて、手を振りながら去ろうとしたので。


・・・わたくしは。


家から持ってきた包丁を、走りながらバッグの中から取り出して。


「もう・・・変なことは・・・させません・・・!」


思い切りそれを、彼に刺しました。


すぐに大量の血が流れ出て、うめき声を上げながら倒れこむ彼。


そしてそのままわたくしも、その包丁を、自身の腹部に突き刺しました。

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