第3話 戦闘訓練
異世界へと転生し、魔王討伐のための鍛錬を重ねる5人の魔術師パーティー。
彼らはソルライク王国の国王・ジャヴェンスの判断により、17歳を迎えたその日に旅を始める計画となった。
そして今は、それに向けて魔術を用いた対魔族用の実践的な訓練をしている最中。
ところが死霊魔術師のフォライドだけが魔術を使えないという状況は年数が経てど変わることはなかった。
◇
人間と魔族の戦争が始まってから約60年。ソルライク王国・王城の敷地内にある円形の闘技場。
その中には、それぞれの髪の色と合わせてデザインされたローブを着用する、大きく成長した5名の魔術師たちがいた。
「モンブズくん!そっちにゴブリンが逃げたぞ!凍らせて動きを止めるんだ!」
肩まで伸びている赤い髪を翻し、剣に炎をまとわせたラクェル。彼は逃げまどう緑色の小柄な生命体たちを指をさして、大きな声で指示を出す。
「分かってるよラクェルの野郎!いちいち細かい指示しなくても俺は動けるっての!」
それに応えるのは、筋肉隆々でがっしりとした体格のモンブズ。水色の髪を短く刈った坊主頭の彼はその場にしゃがみ込むと、地面に掌を置いて魔術を発動させた。
「行くぞゴブリンども!食らえ、<氷波>!」
するとモンブズが手を置いている場所から出現した氷のかたまりが、波のような動きを見せてゴブリンの方に向かっていく。
「「「~!!!」」」
言葉にならない悲鳴を上げるゴブリンたち。彼らは時に振り返りながら、自身たちに襲いかかる氷のかたまりから逃げようとするが。
「てめえら如きの足の速さなんか、話にならねえよ」
こう吐き捨てるモンブズの言葉通り。
「「「~!!!~!!・・・!・・・!・・・」」」
すぐにゴブリンはその氷に捕まってしまい、文字通り凍りついてしまった。彼らはそのままの形で氷漬けにされピクリとも動くことができない。
「さて。仕上げはアタシね」
こう言いながらそんなゴブリンに近づくのは、金色のショートカットが風で小さく揺れる美女・レラエ。
手足の長い彼女は「ここら辺がちょうどいい塩梅の距離かな」と言って立ち止まり、両手を天に掲げると。
「今日の訓練はこれで終わり。<雷槌>!」
・・・バァァァァァァン!!!
レラエが魔術を発動させると同時に、雷が氷漬けにされたゴブリンの真上から落ち、耳をつんざくほどの轟音が闘技場中に鳴り響く。
それによって丸焦げになってしまったゴブリン。当然、その息は絶えている。
「ふむ。その程度の魔族だともう簡単に倒せることはできておるのう」
「陛下。ちょっとレベルが低すぎな訓練が続いてません?さすがにアタシやラクェルっち、モンブズっちだとこのレベル瞬殺ですよ?」
自身のもとに近づいてきた国王・ジャヴェンスに向かって、レラエは口をとがらせる。
「そうですよ陛下。俺らのこと舐めすぎ」
「レラエ、モンブズ。確かに魔王をはじめとした幹部クラスはこうもいかないだろうが、油断大敵の気持ちを忘れないためにはこういう訓練の積み重ねが大事なんだよ」
さらにモンブズとラクェルもそこに集結したが、レラエの不満は収まらない。
「だけどねぇ。時には強めの魔族を倒す練習も必要なんじゃない?」
彼女はゴブリンの死体を見下ろしながら、なおも不満を口にする。そしてその機嫌が影響しているのか、パチパチと体全体に小さな電気を帯びている姿を見たジャヴェンスは、苦笑いしながら謝罪した。
「悪いのうレラエ。訓練用の個体というのは、魔族からの侵略を食い止めている他の国から譲り受けたもの。だが人間が捕獲して運搬できるのはゴブリンが限界なんじゃよ」
さらに、「骨がありそうな魔族を転送できる魔術なんてものがあれば便利なんじゃが。生憎そのようなものは無く」とジャヴェンスは頭をかく。
「まあ仕方ねえな。それよりユーネスの野郎!水とタオルを持ってこい!フォライドの野郎はさっさとこれを処理しろ!」
腕組みをしながらゴブリンの亡骸を睨んでいたモンブズは、競技場の隅にいた男女に声をかける。
するとじきにふたりの人影が駆け足でやってきた。
「モンブズさん、水とタオルです。怪我はありませんか?わたくしの魔術で治療できますが」
「いんや。あの程度のゴブリンで怪我しねえよ」
ひとりは怪我の治療を専門とする回復魔術師・ユーネス。
16歳を迎えた彼女は、幼い頃の面影がありながらも上品で可愛らしい女性に成長していた。
そんなユーネスは桃色の長い髪を耳にかけ、各々に水やタオルを手渡していく。
そして、もうひとりは。
「えっと。今日死んだのは3体のゴブリンか。『魔族死体埋葬所』の空きスペースは・・・」
焦げたゴブリンの死体に近づいてしゃがみ込み、ロープを括りつけている青年。
彼は死霊魔術師であるはずの、フォライド。
「早くしろよフォライドの野郎。焦げ臭くて鼻がひん曲がりそうだ」
「すぐに持っていくから待ってて。ごめんね」
黒いローブに身を包んでいるフォライドは、昔から全く変わっていない。
魔術を使えないことも。
5人の中で最も小柄なことも。
前世の記憶を覚えていることも。
その長い前髪で目元が隠れていることも。
自分は救世主には相応しくないと思っていることも。
それでも自分が置かれた立場から逃げず、いや逃げるわけにもいかず今では仲間のサポートに集中。
「・・・よしっ。これで運べる。それじゃあボクはこれを持っていくね」
「ああ。さっさと頼むぜ」
3体のゴブリンに何本かのロープを括り終え、彼はそれを懸命に引きずりながら闘技場を後にした。
◇
細い両手でロープを握り、ずるずるとゴブリンの亡骸を運ぶフォライド。
彼は今もなお、死霊魔術を使えないまま。それに運動テストも回復魔術師であるユーネスにすら負けるほどだ。それでも王城の書庫にある書物を中心に魔族の特徴などを頭に叩き込み、どうにか役に立てるよう知恵を絞っていた。
さらに本来は死霊魔術師であることから、訓練で使われた魔族の死体処理も担当しているのだ。
「よいしょっと・・・。2年前ぐらいから、他国から譲り受けた魔族を訓練で使っているけど・・・。さすがにここもいっぱいになってきたね」
フォライドはこう呟くと、地面に無造作に置いてあるスコップを拾い上げ、土を掘っていく。
「さすがにこういうのも慣れてきたな・・・。良いことのか悪いことのかは分からないけど」
何か手伝えないかと自分から始めたこととは言え、最初は死体を扱うことに抵抗はあった。ところが慣れれというのは恐ろしい。
「さて。これで良いかな」
掘り起こした地面の中に焦げたゴブリンの死体を手際よく入れ、土を重ねてそれを埋めていく。
「安らかに、ここで眠ってね」
そして彼は、最後に必ず手を合わせるのだ。
「・・・やっぱ日本人としての慣習が抜けないんだよね。魔族は敵のはずなのに」
しばし目を瞑って弔った後、その体勢のままフォライドは思わず苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ。お達者でね」
こう言って自分ができる仕事を終えたフォライドは、魔族死体埋葬所を後にした。