第2話 彼は魔術を使えない
少年・フォライド。
彼は日本で暮らしてた前世において、幼少時代から執拗なイジメを繰り返してきた幼馴染に復讐を遂げた後、警察から逃げる中で転落死してしまい。
だがその魂は、異世界に存在するソルライク王国で転生を果たした。
フォライドは転生した世界で10歳になると、この世界の脅威である魔王を倒すための救世主だと判明。親元を離れてソルライク王国の国王・ジャヴェンスのもとへと巣立つことになる。
死者の肉体を利用するという魔術が授けられた彼はそこで、自身と同じように転生してきた仲間と共に能力を磨く鍛錬を受け、いずれ魔王討伐へ出動する計画だというのだ。
ところが彼は大きな不安感に苛まれていた。
自分はどこまでも殺人犯であり、世界を救う魔術師パーティーの一員に相応しくないと思っていたから。
◇
ソルライク王国の首都・タイオの高台に築かれている巨大な王城。その敷地内にある円形の闘技場には、ある老人と5名の子供たちがいた。
「ほれっ!頑張れ頑張れフォライド!自然と頭に浮かんでくるじゃろ!呪文とその効果が!」
「う・・・うぅぅぅぅ・・・!」
老人はこの王国の国王・ジャヴェンス。彼による魔術の指導が開始して早1年が経過していた。
ここにいる子供たちは、そのそれぞれが自身の魔術を鍛えている最中だ。
「今お主が必要としている魔術!それを発動すれば地下に眠っている人間の死体が這い出てくるはずじゃ!」
もちろん前世の記憶がなぜか封印されていないフォライドも、ジャヴェンスのもとで死霊魔術を磨いているところなのだが。
「う、うぅぅぅ・・・。ダ、ダメです・・・」
一目見ると何も無いただの地面に向かって両手を向け、目元にかかるほどの黒い前髪を揺らしながらうんうんと唸っていたフォライドは、力なく肩を落とす。
「うーむ。ここに来て1年が経過する。魔術を扱えないのはやはりフォライドだけじゃのう」
これは、この様子をすぐ近くで見守っていたジャヴェンスのしゃがれた言葉通り。
死霊魔術師であるフォライドだけが、自分に授けられた能力を未だに発動できないでいたのだ。
「えいっ!」
「おらっ!」
「はいっ!」
他方、彼らから少し離れた場所では。
「見てごらん!私は炎をここまで出せるようになったよ!」
「何を!そんなもん、俺の氷で消し去ってやるよ!」
「アタシの雷だって凄いわよ!ほら!」
このような他の子供たちの声が響き、魔術を使いこなしている光景が広がっていた。
「炎魔術師の少年ラクェル。氷魔術師の少年モンブズ。雷魔術の少女レラエ。あの子たちはもうあそこまで成長しとるのか・・・」
「そ、そうですよね。皆あんなに優秀で。ボクはやっぱり救世主として相応しくないんだと思います・・・」
「い、いや違うんじゃフォライド!こういうのには個人差がある!そろそろ使いたい呪文が頭に浮かんでくるはずじゃ!」
自在に魔術を発動させるフォライド以外の子供たちを目にし、つい思ったことを口に出してしまったジャヴェンス。しかしそれを聞いて明らかに落ちこむフォライドを見た彼は、慌てて訂正した。
それでも懸命な釈明も虚しく、フォライドは黒い前髪に隠れた目元を伏せて自信を失ったまま。
だが彼がここまで気持ちを落としてしまうのも仕方ない。
昨年この城に生活の拠点を移してからというもの、フォライドは魔術を全く発動できていないだけでなく、運動テストも常に最下位を記録している。
ちなみに彼からすると、運動面は前世の頃から苦手な分野だと自覚していたので、そこまでショックは大きくなかった。ところが魔術というのはそれとは異なる。
せっかく転生して授かった特殊能力。
この異世界では魔術を使える人間というのは極めて稀。詳しくは知らされていないが、ジャヴェンスもそのうちのひとりであり、そのために自ら指導役を買って出たらしい。
そしてその希少価値の高さから、フォライドは前世には抱けなかった自信がふつふつと湧いてきたのだが・・・。
今なお、死霊魔術を使える片鱗は全く見えない。
先ほどの光景通り、他の子供たちは授けられた魔術を使いこなしているにも関わらず、だ。
「う、う~む。どうしよう・・・、今日は一段とショックを受けておるな・・・」
ジャヴェンスはどう声をかけて励ますか頭を悩ませるが、フォライドが抱える複雑な胸中というのはかなり根が深い。
前世の記憶を保持しているフォライドの脳裏によぎるのは、罪を犯した過去。その対象は子供時代から自分のことを執拗にイジメてきた相手とは言え、私怨によって人を襲った事実に変わりない。
「やっぱりボクは・・・救世主になんて相応しくない人間なんだ」
どうしてこんな立場に転生できたのは知らないけれど、自分は殺人をした人間。まだその罪を赦されておらず、魔術を使えないのも、前世での酷い行いが影響しているのかもしれない。
フォライドの耳には、遠くで魔術を出し合っているラクェル・モンブズ・レラエの声がなおも届く。
実は1年前に顔を合わせてから、他の面々と前世にまつわる会話をしたことはない。だけど誰もが年相応の言動をしているところを見ると、きっと過去の記憶を覚えているのはボクだけなのだろう。
この悩みを打ち明かせる相手などいない。それに前世で「人を殺したことがある」と告白しても。
魔術の指導をしてくれているジャヴェンスや、精一杯の愛情を注いでくれたこちらの世界の両親から見放されてしまうに違いない。
「フォライド・・・。そんなに気を落とさずとも・・・」
ネガティブな考えを頭の中で巡らせながらうつむくフォライド。
すると背後から、「フォライドさん、ジャヴェンス陛下。そちらのふたりにお怪我はありませんか?」と優し気な女の子の声が聞こえてきた。
「怪我をされてたら、わたくしの回復魔術で治療いたしましょうか?」
「おおユーネス。余とフォライドはどこも怪我しておらぬよ。心遣い、ありがとう」
フォライドが顔を上げて振り返ると、そこには桃色の長い髪を携えた、大きな目をした可愛らしい少女が立っていた。
彼女は回復魔術師であるユーネス。とても心優しい子であり、今のような訓練時でも、自身が使える回復魔術で治療することを考えて動いているのだ。
「元気がないようだけど大丈夫ですか?フォライドさんの水筒を持ってきましたが飲みますか?」
さらに彼女は察しが良い。こちらの方を見たフォライドと目が合うや否や、すぐに心配を口にした。
「あ・・・あ、うん。大丈夫だよ。水はありがとう、少し飲むよ」
前世のことを覚えているフォライドの中身は30歳近い成人男性。
しかし他の面々は実年齢と同じ精神年齢であるため彼は、こんな小さい子に気を遣わせてはいけないと自身を戒めて首を振る。
悩みを話せる相手などここにはいない。とは言え、周囲からの期待を裏切って尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない。
複雑な心境を抱えたまま、フォライドはさらにこの王城で月日を過ごしていくのであった。