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第27話 ラクェル、その前世

私は帝王学を学んで生きていた。


祖父が一代で興した会社は今や一流企業。そしてその創業者の直系にあたる私は、都心の一等地にある大きな屋敷で生まれ育つ。


多忙な仕事の合間を縫って祖父は屋敷に顔を出し、次期リーダーとするための帝王学を私に教えてきた。


小学校に入学する頃には、自分の育った環境が周囲とは違うと既に気づいてきたのだが、むしろそれが自尊心を高めてくれる。


ところが年を重ねるにつれ、徐々に家族に対して大きな疑問を抱くようになった。


それは一度も会ったことのない父の存在。


どうやら離婚はしていないし存命らしいのだが、屋敷には写真ひとつなく、その顔は知らないまま。家の人間から父の名が出ることも皆無で、子供心ながらタブーだと感じていた。


だが閉鎖的なエスカレーター式学校に通っていても、成長と比例して外の世界のことも少しずつ分かるようになってくるもの。


クラスメイトによる家族との旅行話などを聞いていくうちに、私は一度で良いから父に会いたいと願うようになる。


そして中学3年生の頃。私は本気で父のことを知ろうと思い、動いた。まず屋敷にいる使用人たちに尋ねるが、彼/彼女らは口を閉ざすばかり。


それではと思って母に尋ねてみるが、「貴方の父親は海外支社で仕事をしているから」という一点張り。ところが赴任地も業務内容も、具体的に教えて欲しいとすがっても答えはない。


埒が明かないので、私は意を決して祖父に父のことを質問した。


すると・・・。


「君の父は『リーダーとしての素質』が無かった。だから会社からもこの家からも追い出した。あんな人間に君はなるなよ?」


そう。


父は後継者としてそのお眼鏡にかなわなかったというので勘当されていたんだ。しかも本当は世界のどこにいるのか、生死自体も不明だという。


大いに驚いた私に対して、さらに祖父は続けた。


「君も『リーダーとしての素質』が無ければ容赦なく捨てるぞ。代わりはいくらでもいると理解しておけ」


この時、私は察したんだ。


祖父の認めるようなリーダーとして生きていかなければ。存在価値は無い。





「おい。今月の業績・・・何だこれは!」


「は、はい!申し訳ございません!」


30歳になった。


今の私は祖父が経営する会社の若き役員として、自身より年齢が上の部下を叱責する日々。


「もう少し部署全体の売上を上げろ。代わりはいくらでもいるんだぞ!この役立たずが!」


「は、はい!」


会議室で行われている役員会議、本当はこんなこと言いたくない。胸が痛む。皆の前で怒鳴りたくない。


だが。


「・・・」


こういうことをしないと、この姿を黙って見ている祖父から、こちらが容赦なく切り捨てられてしまう。父のようにはなりたくない。幼い頃から叩き込まれた『リーダーとしての振る舞い』を見せないといけない。


「来月はこうはいかないぞ。計画を立てて実行し、必ず数字を残せ。分かったか!」


「か、かしこまりました!」


震えながら頭を下げる眼鏡姿の中年男性を叱り終わり、ふと会議室に揃っている他の面々を見ると、その誰もが怯えながらこちらを見ていることに気づく。


だがこれも当たり前だろう。事実私は昨年、会社のナンバー2である優秀な元役員をいきなり解雇にした経験がある。


これは祖父からの命令で、私が後継者であることをアピールするために権力を行使する、一種のパフォーマンスだった。


彼は長らく会社に貢献していた人格者であり、他の役員たちは考え直すよう懇願してきたが、私はそれを無視したのだ。


私だって心苦しかった。だって子供の頃から交流があった人物だったから。


しかし厳しい姿を見せなければ、リーダーとしての威厳は保てない。気の毒だが必要な犠牲だったんだ。


そう自分に言い聞かせたが本当は・・・。こんなことしたくない。自分の精神がすり減ってしまう。


それでも何かを変える勇気が、私には無かったんだ。


・・・それから数日後。


仕事を終え帰宅した私は、ふとテレビのニュースを見ていた。


『昨日未明。高齢の男性が同居している家族を刺し重症で・・・』


疲れから何も考えず。ボーっと画面を見ていた。


『名前は・・・』


「・・・!」


テレビにはよく知っている名前と顔写真が映し出される。それは、私が会社から追い出した元役員の男性。


『犯人の男性は長年勤めていた会社から突然解雇され、収入が無くなり家族から責め立てられる毎日だったと供述おり・・・』


「あ・・・あ・・・」


すぐに私は、この原因は自分にあると理解した。





週末。


私は肩を落として市街地を歩いている。


祖父には時期が来れば元役員のもとへ面会に行きたいと話した。せめて顔を見たいと頭を下げた。


だがそれは叶わず。「過去のことはもう忘れろ」とさえ言われてしまった。


それに言い返せなかった自分が、引き下がってしまった自分が、心底情けない。


連休始めの夕方だからか街は人が多い。耳に届くのは通行人のざわめき。最初は気に留めなかったが、じきにそれは私に向かって襲い掛かる。


『ねえ。あの人のせいであんなことになったんだよ』


「・・・うるさい」


『良い歳してお爺ちゃんの言いなりだって。情けないよね』


「うるさいよ・・・!」


『あの人のせいでこれから死ぬ人が出てくるかもね。あー怖い怖い』


「やめてくれー!!!!!!」


そのざわめきは、全て自分への批判に聞こえ。


もちろん分かっている。こんなことは幻聴だ。心身がおかしくなっている。


しかし通りかかる老若男女全員が、私を非難しているように思えてしまう。


「あ、あの・・・大丈夫ですか?」


思わず歩道にしゃがみ込んでしまった私に、通行人の女性が声をかけてきた。


「あ・・・!あ・・・!」


しかし私はそれにも恐怖を感じた。もしかしたら彼女は祖父と繋がっているのかもしれない。こんな情けない様子を報告するつもりかもしれない。


そうすれば私は・・・『リーダーとしての素質』が無いとして会社と家から追放される。


妄想を抱いた私はそこから逃げ出した。逃げて、逃げて、逃げた。


そして自宅に飛び込んだ私は、留守にしていた祖父の部屋に錯乱状態で侵入。家宝と言われて飾られていた刀を手に取って。


「もう・・・もうこんな人生は、嫌だ!、」


情けない自分と決別するため。せめてもの罪滅ぼしのため。


その刃を自分に向けたんだ。





「だから私は・・・酷い人間だ・・・!祖父の言いなりの弱虫なんだ・・・!」


ラクェルは赤い髪を掴み、歯を食いしばって言葉を絞り出す。そんな彼の独白を聞いたフォライドは、呆然とただその場で立ち尽くすのみだったが・・・。


「おい・・・お前らはどうなんだよ・・・。お前らの前世を話せよ!」


「そうよ・・・フォライドっちとユーネスっちも何か言いなさいよ!」


モンブズとレラエがこう言って、フォライドとユーネスのことに迫ってきた。

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