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第25話 モンブズ、その前世

俺は普通の家庭に生まれた野球少年だった。


ただ同時期に野球を始めた周りの奴らと比べると、その上達スピードは決して速くなく。


それでも俺は野球を続けた。非科学的で理不尽な猛練習や体罰にも耐え、血の滲むような努力を重ね。


特に一番辛かったのは上下関係の厳しさだ。小学生時代のクラブではそうでもないが、中学生になるといきなり絶対的な年功序列関係が構築される。


性根の腐った先輩は時にあり得ないようなこともしてくる。心身に屈辱を受けるような行為は山ほどされたが、一番ヤバかったのは、いつ死んだか分からない虫の死骸を泥水と一緒に飲みこませられたこと。


腹をバットで殴られたり、腕にタバコの火を押しつけられるなんて可愛いもんだ。


「力の無いお前は弱いんだよ」・「こんなことされて嫌だったら人よりも偉くなってみろ」


数えきれないほど、こんな言葉を浴びせられた。


大学は一般入試で入学し、有名校から来た推薦組と比べられて、監督やコーチから白い目で見られた。それでもようやくレギュラーに近いところまで行った大学3年の春に、大きな怪我をしてしまった。リハビリを続けたが、あがけばあがくほど目標としていた場所はどんどんと遠のいていく。


その怪我の影響で、プロや社会人チームなどから誘いなんてもちろん無く。色んな仕事も考えたが、やっぱり野球から離れることはできない。


そこで俺は決めた。指導者になろうと。


届かなかった憧れのステージ。次は自分の手でプロに進めるような選手を育てたい。色々と考えてみたが、小学生や中学生はまだ体ができてなさすぎる。大学生だともう完成された奴も多い。


『いざという時のため』に教職課程を取っておいて良かった。高校の教員を目指すんだ。





「おい。さっきのプレーは何だ」


「すみません・・・」


灼熱の季節。


37歳になった俺の目の前では、五厘刈りの高校球児たちが、恐怖に慄いた顔をして震えている。


「俺があんなことを教えたか?何ですぐカバーリングに動けねえんだ・・・バカなのかお前は!?」


「・・・はい・・・」


「同じこと言われてんじゃねえぞ!ボケが!」


ユニフォーム姿の俺はノックバットをグラウンドに叩きつけて吠える。


周りに集まる部員たち。その皆が暑さにやられてしまっている一方で、油断している姿を一瞬でも見せれば、監督である俺から何をされるか分からないというので直立不動だ。


「大会はもう直前だぞ!言われたことをできねえ奴は・・・ここで全員ぶっ飛ばしてやるからな!!」


俺の目前に立って恫喝を全身で浴びる選手だけでなく、その周囲に立つ他の面々も口を真一文字に閉じる。


日本の学生野球において、こういう指導は効果的だ。


選手を威嚇し、委縮させ、恐怖を植えつける。そしてそれをうまく利用し、こちらの言う通りに動かす。


選手たちと同じような年齢だった頃、自分もされたこと。


野球は駒を使うゲーム。つまり監督が手元にある駒をいかに有効的に使うかというのが、そのまま勝ちにつながるんだよ。


「もういい。ノックの続きをするぞ。行け」


俺の言葉を聞いた選手は一斉に大きな声で返事をして各ポジションに散る。


そうだ。きちんと動け。勝ちたいんだろ?プロに行きたいんだろ?じゃあ血を吐き出してでも努力しろ。そういう姿勢が大事なんだよ。


お前たちは夢を叶えられる。俺は野球に携われる。


どうだ?Win-Winの関係じゃねえか。


今にも倒れそうにふらふらとした足取りでボールを追いかける教え子の様子を目にしながら、俺の心は満たされていた。


・・・だが翌日の深夜。


「あいつが飛び降りた・・・?」


スマホの向こうから聞こえる、学校職員の慌てた声。


夏の大会の初戦を間近に控えていたタイミング。前日、内野へのカバーリングが遅いので厳しく注意したあいつ。


主力として計算していたあいつは、その日の練習を無断欠席していた。皆で待てど暮らせどグラウンドに姿を見せず。他の選手にも命令を出したが、誰も連絡がつかなかった。


大事な試合前に俺から逃げたと思って、次に会った時は殴り飛ばしてやろうと思ってその時はすぐに諦めたのだが。


『・・・というわけなんです。今から学校に来れますか!?』


どうやら家族には練習に行くと言って家を出た後、廃墟と化していた雑居ビルに行き、屋上からその身を投げ出したらしい。


『・・・先生?聞こえてますか、先生!?』


血の気が引き。力が抜け、するりと手から落ちた携帯電話。


大変なことになってしまった。


そしてその責任は全て俺にあると、分かっていたから。





幸いにもあいつは一命をとりとめた。


だが怪我の具合は深刻であり、病院に行くと待ち受けていたのはあいつの両親からの罵詈雑言の嵐。さらに見舞いに来ていたチームメイトの保護者たちも加勢し、俺は凄まじい勢いで糾弾された。


「これまで子供たちは頑張っているから黙っていたが、お前の指導は問題だらけだ」


この言葉に反論なんて、できなかった。


大会前だったが俺はじきに監督の座から降ろされ、すぐに教員も辞めた。


気づけば自室の隅で、俺は何もできず固まっている。


俺は野球が好きだった。


最初は自分がされて嫌だったことはしないように心がけていた。だが、時が経つにつれて、自分が受けていた指導法が正しかったと思うようになってしまって。


自分の死ぬ気でやった努力を、過去を、否定したくなくて。正当化したくて。


あいつには期待していた。だから厳しくすれば成長すると思い込んでいた。


間違っていた。間違っていた。指導者になって偉くなったと勘違いして、おかしくなっていた。


言い訳にはなる。俺は正しい指導方法を知らなかった。理不尽なことを言われても、そこで奮起してさらに上のステージに行けると思い込んでいた。


気づけば好きな野球で、立場の弱い人間を攻撃する、最低な大人になってしまっていた。


「・・・これしか、俺にはできねえ・・・」


俺は学校を通じ、貯金をかき集めて用意した見舞い金をあいつに送った。


そして何もかも失った俺は。


自ら命を絶った。





「これが俺の前世だよ・・・。自分よりも力の弱い人間を支配して、悦に入るような最低な男だ・・・」


頭を抱えながらモンブズは、焦点の合っていない目を向け、フォライドの方を見る。


「そ、そんな・・・モンブズが・・・」


この世界に転生して初めて聞く、自分以外の魔術師パーティーの前世。それだけで驚きなのに。その内容を聞いてフォライドは大きく目を見開いて、驚きの表情を浮かべている。


「・・・アタシも思い出したよ、前世を」


すると近くに座るレラエも虚ろな目で口を開く。


「不動産会社で働いていて・・・汚いお金の稼ぎ方をしていた時のことを・・・」

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