第19話 だんだんとおかしく
「モンブズくん。まだ部屋から出る気は無いのかい?」
ひとまず支配人の遺体の管理をユーネスに任せ、他の3人は上の階へ。
そしてモンブズが宿泊している部屋の扉を叩きながらラクェルは声をかける。
「少し話を聞きたいんだ。ダメかい?」
「・・・悪い。今はひとりにさせてくれ」
落ち着いたトーンで呼びかけを続けるラクェルだが、部屋の中から聞こえてくるモンブズの声には力が無く、外に出てくる気配も感じられない。
「やはりダメか」
「モンブズ・・・」
大きなため息をつくラクェルの後ろで、心配そうな表情を浮かべるフォライド。彼の知り得る限りでは、昨晩モンブズは口論の末に部屋へと戻って以降、ろくに食事を摂っていないはず。
フォライドにとって心配なのはモンブズの体調。そしてそれは、彼が支配人殺害について何か知っているかどうかということよりも優先されることだ。
「ねえモンブズっち、出てきてきなさいよ!昨日の夜、何をしてたの!」
ただ、レラエはそんなフォライドとは違う。
「ここの宿泊施設の支配人、殺されちゃったのよ!何か知らない!?」
苛立ちを感じているのか大きな声を出し、部屋の中にいるモンブズに向かって尋問のように問いかける。
「ね、ねえレラエ。もう少しモンブズのことも考えてあげた方が良いと思うんだけど・・・」
レラエの気持ちも分からないではないが、さすがにこんな言い方だとモンブズも出てこない。
苦笑交じりに隣に立つ彼女のことをたしなめるフォライドだが、彼の言葉を聞いたレラエは、キッとした目でフォライドのことを睨み、さらに建物中に響くような声を出す。
「うるさいわね!モンブズっちに話を聞かないと先に進めないでしょ!正直この中で一番怪しいんだから!」
「レ、レラエ・・・?」
叫んだ後に「はあ・・・はあ・・・」と肩で呼吸をするレラエの姿を見て、フォライドは言いようのない恐怖を感じる。
レラエの様子までおかしい。今の彼女は美しい顔を歪ませて、凄い形相でフォライドの方を見ている。
どう見てもいつもの彼女と雰囲気が違う。まるで・・・突然中身が変わってしまったかのように。
「・・・レラエくん。落ち着きたまえ。フォライドくんは何も悪いことは言ってないよ」
レラエの言動に対して思わずたじろいでしまっているフォライドの前に割り込み、なだめるように声をかけるラクェル。さらに彼はレラエの肩の上に、ポンッと優しく手を置いた。
「モンブズくんはひとまずそっとしておこう。そしてレラエくんも部屋で休んだ方が良い。恐らく睡眠不足だろう。疲れが溜まっているんだ」
「・・・そうだね、ごめん。ちょっとイライラしちゃって変なこと言っちゃった。ラクェルっちの言う通り、部屋に戻って少し寝るわ」
ラクェルのお陰で少し落ち着きを取り戻したレラエは肩を落として謝罪を口にすると、うなだれながら自身の部屋へと戻って行った。
「この旅。どこかでこういう仲違いが起こるとは思っていたけど・・・。いざなると大変だね」
レラエの姿を見ながら、ラクェルは苦笑いを浮かべつつフォライドに話しかける。
「・・・ごめん、ラクェル。ボクは力になれなくて。本当はこういう時、皆で何とかしないといけないんだけど」
そしてフォライドが顔を曇らせてこう口にすると、ラクェルは少し驚いたような顔を浮かべた。
昨日の件からここに至るまで。フォライドは自身の無力さに心底辟易している。
なぜならこの旅への出発前、両親からもジャヴェンスからも、魔術師パーティー内での軋轢に関して言及されていたからだ。
父親からは『仲間と軋轢を生じさせないこと』を。
ジャヴェンスからは『仲違いが生まれるようなことがあれば、それを収め周囲を引っ張ること』を。
フォライドはこのような期待を受けていたのにもかかわらず、現実ではうろたえることしかできていない。
本当はこうなる前に自分が何とかしなきゃいけなかった。
本当はこの場を収めて皆をまとめなければならなかった。
小柄な彼は力いっぱい拳を握りしめ、唇も噛みしめ、ただその悔しさを飲みこむだけ。
「・・・いや。リーダーである私の責任も大きいよ、フォライドくん。まずはあのふたりには揃って落ち着いてもらうこと。今はそれが大事だ」
神妙な面持ちのフォライドのことを慰めるラクェルは、さらに指示を出す。
「ひとまず私はふたりの部屋の前で待機をしておく。フォライドくんは下にいるユーネスくんと合流して、旅に必要な物資調達をしてきてくれないかい?」
ラクェルは宿屋の廊下にある窓から外を見て、薄暗い中で徐々に顔を出してきている太陽に目を向ける。
「ここは太陽が昇るのが遅いからまだ暗いけど、そろそろ開く店も出てくる時間帯のはず。動けるのはふたりだけだ、頼んだよ」
この言葉を耳にしたフォライドは、魔術師パーティーのために今の自分がするべきことは何かと考え、すぐに頷いた。
◇
「あ、フォライドさん!街の方々が急に来られて、支配人のご遺体を確認しているんですが・・・」
フォライドが下の階に降りると、ユーネスがすぐ駆け寄ってくる。そして彼女の視線の先には仰向けに横たわったままの遺体を囲むように、成人男性が複数人が立っていた。
彼らは遺体を見下ろして何かうめき声を発しているが・・・。フォライドはそれに違和感を覚える。
「・・・何か、あの人たちもおかしくない?目の焦点が合ってないというか白目というか・・・」
首を傾げながらフォライドは、恐る恐ると言った様子で男性たちに近づき、声をかける。
「あ、あの。こちらの方の死因とか分かりますか?やっぱり殴れたことによって亡くなったんですかね?」
すると男性のうちのひとりが顔を向け、「ア・・・」と一言だけ口にした。
「え、いや。あ、あの・・・」
そしてすぐに遺体の方に顔を戻す男にフォライドは、恐怖と不信感のあまりこれ以上言葉をかけることができない。
「どういうこと・・・?」
「それが、さっきからずっとあんな感じなんです。わたくしの方でいくつか質問したのですが、コミュニケーションが取れず困っていて・・・」
だがここはコーフリオ王国。他国で起きた事件はそこに暮らす人々に任せた方が良いと判断したフォライドは、隣に移動してきたユーネスに耳打ちする。
「そっか・・・。でも仕方ないから、ひとまずこっちはラクェルからの指示を全うしよう。ボクとユーネスで街に出て、旅に必要な物資の調達に行って欲しいって」
「分かりました。確かに今の状態だとわたくしたちが一番動けそうですしね」
こうしてフォライドとユーネスは一旦自室に戻って防寒具を取りに行き、街に出ることとなる。
「・・・ん?」
しかし宿屋から出ようとしたフォライドは、チラリと見た遺体の服の下から覗く皮膚の部分に、少し焦げたような跡を見つけた。