第17話 崩壊の前兆
「わたくしが代表して管理していた食糧なんですけど。実は先ほど確認したらかなり数が減っていまして・・・。誰か詳しいことを知りませんか?」
コーフリオ王国の宿屋に到着後、ユーネスの言葉を聞いた面々。彼らは一様に驚いた表情を浮かべて、リーダーであるラクェルの方を見る。
「・・・それは一大事だね。この先の命に繋がる問題だ。一旦、私の部屋に集合してくれ」
◇
「まずはユーネスくんから話をしてくれないか?」
フロントから近くにある階段を上がり、2階部分に位置するラクェルが宿泊予定の部屋に集まった面々。凍てつくような寒さから解放され、ようやく室内に入れたというのだが・・・。薄い壁の隙間から入る風は冷たく、話題が話題ということで皆の表情は暗い。
「は、はい・・・」
皆の注目を浴びる中、ラクェルから促されたユーネスは、目を伏せながら口を開いた。
魔術師パーティーによる魔王討伐を目的とした旅。ただし魔王の根城にもいつ着くか分からないというので、ソルライク王国からはかなりの保存食を持参している。
「食糧の管理はわたくしが任されていました。皆さんも毎回の食事内容をきちんと報告されていますので、それに合わせてきちんと数の記録も残しています。ですが・・・」
「手元にある食糧の数が、記録しているものと合わない。そういうことかな?ユーネスくん」
「そうなんです。もしかしたら誰かが夜中に栄養補給しているのかなと思いまして・・・。変なことを疑っているわけではないのですが・・・」
ユーネスは顔を上げ、不安気な表情でパーティーメンバーのことを見るが。
「ボクは知らないかな・・・。ちゃんと食べた量は報告してるし・・・」
「アタシも知らない。フォライドっちと一緒で、報告はちゃんと済ませてるわ」
フォライドとレラエはこのように言って、揃って首を横に振る。
「そ、それじゃあモンブズさんは何か・・・?」
「俺も知らねえよ。他の奴らと一緒で、食った分は伝えてある。そもそも食糧を節約してるせいで体重も落ちてきてるしな」
それまで腕を組んで静かに話を聞いていたモンブズ。だがここで彼は、「だがな」と言って肩を落としているユーネスの方をギロリと睨む。
「そもそも一番疑わしいのは、管理者であるユーネスの野郎じゃないのかよ?だって食い物の管理はずっとこいつがしてるんだぜ?」
さらにモンブズはユーネスに迫り、互いの鼻がつくほど顔を近づかせた。
「言い方も癇に障るしよ。『誰か詳しいことを知りませんか?』じゃねえよ。お前が貴重な保存食をネコババしてるとまでは言わねえが、数が合わねえなら役割を果たせなかったと謝ることが先じゃねえか!」
「す、すみません・・・」
「どんな理由があろうと食糧の管理をできなかったのはお前だ。違うか!?」
「ちょ、ちょっと!モンブズっち!やめなよ!」
険しい顔をしながらモンブズは、ユーネスに向かって飛んだ唾が届いてしまうほどの距離で大きな声を浴びせる。ただそれを見たレラエがさすがに慌てて両者を引き離す。
「やめなよ!ユーネスっち、泣きそうになってるじゃん!」
そうしてレラエは、怯えている様子のユーネスを自分の方に引き寄せると優しく抱きしめ、まだ何か言い足りないようなモンブズに向かって怒りを露わにした。
「だってそうだろ!そもそも、ユーネスの野郎の管理をかいくぐって勝手に食い物に触ること自体が不可能じゃねえかよ!こいつがずっと食糧の入った荷物を抱えてるんだぜ!その数が減ってるなら、ユーネスの野郎の責任だろう!?」
なおもモンブズは顔を紅潮させながらユーネスのことを指さす。
「仲間のことを信用できないの!?出発前に食糧の管理はユーネスっちに任せようって全員で話し合って決めたでしょ!」
「それぐらい信用してた奴がろくに管理できなかったからキレてんだよこっちは!」
ラクェルの部屋で、徐々にヒートアップしていくモンブズとレラエ。
昔から衝突の多かった両者とは言え、さすがに旅の道中でこのような喧嘩をされると支障が出る。
「ちょ、ちょっとふたりとも・・・」
フォライドとしては、ここまで山岳や草原ばかりを通ってきたため新しい食糧をほとんど調達できておらず、その大きな体格に反して節約しながら食事をしてきたモンブズの憤りも分からなくはない。
それでも揉め事が大きくなることの方が問題だと判断してモンブズの前に移動し、その小柄な体格を懸命に動かして仲裁をしようと試みるが。
「モンブズ。まずはちょっと落ち着いて、ね?」
「うるせえよフォライドの野郎!まだまともに魔術も使えねえチビの役立たずが偉そうに話しかけるな!雑用は雑用らしく部屋の隅で黙ってろ!俺はお前よりも立場が上の人間だぞ!」
「モ、モンブズ・・・?」
モンブズの様子がいつもと比べてどこかおかしい。
フォライドは息を切らして自分の方を睨んでくるモンブズの姿に、どこか不気味な違和感を覚えた。
確かに彼は幼い頃から乱暴な言い方が特徴的な男ではあった。それでもフォライドとは良い友人同士のような関係性にあり、こんなことを言われたのは初めてだ。
それに旅に出る前は、フォライドが何とか死霊魔術を発動できるようにならないか、闘技場での訓練に付き合っていたぐらいなのに。
「・・・モンブズくん。今のはさすがに問題発言だよ。このパーティーは、全員同じ立場の人間だ。私は国王陛下からリーダーに指名されたが、それでも5人の中に上下関係が無いのは分かっているだろう」
そこまでやりとりを見守っていたラクェルも、さすがにモンブズの言葉を問題視して注意を行った。
「そ、そうだよモンブズっち。今のはさすがに酷過ぎ。フォライドっちをソルライク王国に残すことに反対したあの時、アタシに怒ったのは何だったの?」
涙がこぼれ落ちそうになっているユーネスを抱きしめたままのレラエも、モンブズのことを睨む。
「・・・い、いや。さすがに言い過ぎた、悪い」
すると水色の髪を短く刈り上げた坊主頭を抱え、小さく呟くモンブズ。
「ちょ、ちょっと頭を冷やしてくる。部屋に行くわ・・・」
力の無い、淡々とした口調でこう続けたモンブズは、ふらふらとした足取りで部屋から出て行く。そしていつも違って小さく丸まったモンブズの背中を静かに見送るラクェルは、肩をすくめて他の面々声をかける。
「・・・仕方ない。モンブズくんは部屋で休ませておいて、私たちは一旦残っている食糧を口にしよう。もちろん数はきっちりと記録し節約してね」
こうして魔術師パーティーの面々は重い雰囲気の中、この宿屋で体を休めることとなった。