第15話 旅の出発
出発当日。
魔術師パーティーはこの日17歳を迎え、同時に魔王討伐に向けて旅を始める。
朝早くに荷物を持った面々は、各々の髪色に合わせたローブを着用し城で最後の食事をし。近衛兵や侍従、庭師や料理人らに向けて頭を下げ、これまでの礼を述べて。
それぞれが様々な想いを抱え高台にある城門をくぐって街の方にくだっていく。
まだ太陽が少しだけ顔を覗かせているという時間帯。それでも街には国民が集まって彼らに声援を送ってくる。
「すげえな。出発でここまで祝ってくれるとは」
緊張した面持ちのフォライドの横で歩くモンブズが、水色の坊主頭をかきながら目を丸くして小さく呟く。
ただ彼の言う通り、それは圧巻の光景。
魔術師パーティーの面々は、街を少し練り歩いて港の方に向かうという話は昨日のうちに聞いていた。そしてその時に、国民が出発の門出を祝っているかもしれないという情報も確かに聞いてはいたのだが。
しかし時間も時間というので、多少の見送りこそあってもここまで大規模なものになるとは思っていなかった。
「魔王討伐、頑張れよ!」
「無事に帰ってきてね!約束だよ!」
沿道には老若男女が集まり、手を振って大きな声を出し。あるいは花びらを小さくカットしたものを紙吹雪のように舞い上がらせ。
「人々は魔王や魔族軍に恐怖を抱いているからこそ、ここまで華やかにしてくれてるんだ。私たちの課せられた役割の大きさが分かるね」
この様子を目の当たりにしたラクェルは一層胸を張り、こう言いながら足を進める。そんな中、フォライドは自分の後ろにいるレラエに小さな声でこう尋ねた。
「・・・ねえレラエ。ラクェルからサイクロプスのこと、聞いた?」
するとレラエは聴衆には悟られないよう表情を変えず、同じく小声で返す。
「うん、聞いた。・・・正直に言えば完全には納得できてないし、もっと聞きたいこともあったんだけど。でも陛下が『許してあげてくれ』と言ったし。旅も始まるから、ここで一旦その話は水に流す」
いつもと変わらない姿で答えるレラエを見て、フォライドは少し安心した。
一昨日、フォライドの部屋に訪れた時の彼女は見るからに怯えており、このままで旅は大丈夫だろうか?という心配があったからだ。
だが今のレラエはこれまでフォライドは近くで見ていたように、凛々しく美しい。
ラクェルと同じように胸を張り、短い金色の髪が、風で小さく揺れている。
「ほらフォライドっち、あんまり後ろばっか見てて歩いてたら目立つわよ。ちゃんと前を見て」
「あ、う、うん」
レラエから注意されたフォライドは正面を向き、歩き続ける。
視野に入るソルライク王国の街並みだが、まるで中世を舞台にしたファンタジー世界のようなそこは、彼にとって気づけば愛着の溢れる景色になっていた。
時折魔術師パーティーは街に出て買い物などを許されていたのだが、周囲に溶け込むよう子供らしい言動をすることを心掛けていたフォライドでも、思わず本当に童心に戻ってしまうような場所。
前世では引きこもりがちになっていたこともあり、色んな人と交流できるこの街はかけがえのない存在になっている。
「・・・あっ」
こうして街を歩いていた最中、じきにユーネスがこんな声を出して指をさす。魔術師パーティーの目の前に、2台の馬車とソルライク王国の国王であるジャヴェンスが姿を現したのだ。
「陛下。城で見ないと思っていたら、先にここで待っていたのですか?」
そこまで特に多くの黄色い声援を受けていたラクェルは、その姿を見つけると驚いたような顔を浮かべる。
「どうだ驚いたじゃろう?お主らよりも、もっと早い時間に起きてここで準備していたんじゃよ。お陰でもう眠い眠い」
「それじゃあ今すぐここで寝てもいんですよ?陛下」
ニヤリと口角を上げたモンブズの指摘に、パーティーメンバーも思わず笑みがこぼれてしまう。
「ほっほっほっ。そんな情けない姿を晒すわけにはいかないから、城に戻るまで我慢しなきゃいけないな。・・・さて、皆。よくぞここまで成長した。今からこの『光の国』の魔術師パーティーは、魔王討伐に向けた旅に出る。その前に伝えたいことがあってな」
いつも通り白い礼服に身を包んでいるジャヴェンスは、メンバーそれぞれの目を見て、続けた。
「炎魔術師であるラクェル、ラクェル・ブラスバット。お主はこれからリーダー『格』ではなく真のリーダーとして皆を率いて高貴に戦ってくれ」
「かしこまりました、陛下」
「氷魔術師であるモンブズ、モンブズ・ヴァフロン。お主はその鍛え上げられた肉体と緻密な氷魔術を巧みに組み合わせて勇敢に戦ってくれ」
「任せてくださいよ、陛下」
「雷魔術師であるレラエ、レラエ・サーフルシ。お主は電撃の如く素早い動きを駆使し、凛々しく美しく、そして圧倒的に戦ってくれ」
「分かりました、陛下」
「回復魔術師であるユーネス、ユーネス・パレヤム。お主は前線で戦うメンバーのことをその魔術と強い精神で支え、心優しく戦ってくれ」
「はい、陛下」
「そして・・・」
ジャヴェンスは、フォライドに目を向ける。
「死霊魔術師であるフォライド、フォライド・クイウム。お主は誰よりも成熟している精神を誇りに、信念を持って戦ってくれ」
「ありがとうございます、陛下」
彼らに言葉を送った後、しばし空を見上げるジャヴェンス。
ようやく朝らしい明るさになったそこには雲一つなかった。
「よし。最後にラクェルにこれを渡してしばしのお別れとしよう」
こう言ったジャヴェンスは、ラクェルに地図を手渡す。これは昨日フォライドに説明したものと同じものだ。
開かれた地図には、赤い線で記されたルートが書き加えられている。
「良いか。外の世界は危険に溢れている。必ずこの地図に示した道筋通りに向かうんじゃぞ。このルートであれば確実に、そして最も安全に魔王の居場所へと向かえるはずじゃ」
念を押すようにこう続けるジャヴェンスはを見て、パーティーメンバーは大きく頷く。
「馬車に乗って行く港には、耐久性の高い小舟を用意してある。それを使って最初に向かうのは、この王国から北東の方角にあり、大陸から小さくはみ出ている半島じゃ。そこら一帯はまだ魔族に支配されていないはずだから安心して行くと良い」
真剣な目つきをして説明するジャヴェンス。そして彼は、短くそして力強く口にした。
「必ず、生きて帰ってくるんじゃぞ。余にとって、お主らは子供と同等。大切な存在じゃからな」
そうしてジャヴェンスの言葉を受け止めた面々は、馬車に乗り込み、港へと向かう。
救世主とての役割を果たすために。