第14話 ボクの役割
「ジャヴェンス国王陛下。フォライドです」
「うむ。入るがよい」
派手な装飾が施された、重い扉をフォライドは開ける。
体を鍛えている氷魔術師・モンブズなんかは片手で簡単に扱えるものだが、非力なフォライドは両手を使って開くのがやっと。
そして彼の目に飛び込んできたのは鮮やかなほど赤い絨毯に、それが反射するほど磨かれている真っ白な内装。
「よく来たな。こちらに来なさい」
その直線上にある立派な玉座に鎮座しているのが、ソルライク王国の国王であるジャヴェンス・ロイノガート。
玉座に座る彼は、その背後にある大きなステンドグラスから入ってくる太陽の光によって、さらに神々しい雰囲気となっている。
白髪だらけで皺だらけのジャヴェンスは、初めてフォライドたちと会った時と比べてまた老いてしまったが、明晰な頭脳やカリスマ性を活かして今なおこの王国を円滑に統治している偉大な存在だ。
ちなみに。
ジャヴェンスは王族本家から遠縁になるのだが、先代国王やその家族が立て続けに急死してしまったことで、17歳という若さでその座に即位したという過去がある。
「はい、陛下」
そんな彼のもとへ、緊張の面持ちで進むフォライドは昔のことを思い出す。
10歳の頃。この城に来てすぐの時、ここは皆の遊び場だった。
ただ前世の記憶を覚えており、実年齢よりも精神年齢の方が勝っていたフォライドだけは違った。彼は、この『謁見室』の意味を理解していたからだ。
「いやはや懐かしいのう。お主だけはここで遊ぶ皆とは違って、いつも隅っこで不安げな顔をしておったわい」
「いえ・・・。だってここは遊び場にしてはいけない場所ですから」
それでも年を重ねるにつれて、フォライド以外の魔術師パーティーの面々もこの部屋の意味を理解していき、今ではよほどのことがない限り足を踏み入れないようになっている。
「さてフォライド。死霊魔術の具合はどうじゃ?二度目の発動はできたか?」
少し身を乗り出し、白髪頭を撫でながらジャヴェンスは問いかける。しかし国王が抱く期待に応えられていないとフォライドは目を伏せ、小さな声を絞り出した。
「すみません。魔術はサイクロプスと戦った時に発動できた、あれっきりです」
これは事実だ。死霊魔術を発動できたのはたった一度きり。あれ以降は何もできていない。
「ふむ・・・まあ謝らんでも良い。体質の問題もあるし、旅の道中で魔術を使えるかもしれん。とにかく一度でも使えたという事実が大事じゃ」
暗い表情を浮かべるフォライドの話を聞いたジャヴェンスは、「時には楽観的にならないとな。息苦しくなってしまう」と笑顔を向けて励ます。
「それにこの旅は危険を伴う。明日ラクェルに渡すが、魔術師パーティーにはぜひともこの地図を使って進んで欲しいと思っておるんじゃよ」
そしてジャヴェンスは懐から地図を取り出し、フォライドにそれを見せた。
「これは余のこれまでの経験と、他国から入手した情報とで示したルートも記載していてな。・・・フォライド。お主はラクェルに次いで、いやもしかしたら彼以上に仲間をまとめることができるじゃろう」
「・・・え?」
予想だにしていない言葉を聞き、フォライドは思わず顔を上げる。するとジャヴェンスは身につけている白い礼服を僅かに翻し、その場に立ち上がった。
「今回ここにお主を呼んだ目的はこれを伝えることじゃ。旅の途中で大きな困難に直面した時、フォライドが皆を道筋通りに進むよう引っ張る機会が来るかもしれない」
「い、いや・・・ボクは・・・」
突然そう言われてもフォライドは困惑するばかり。確かに仲間とは円滑にコミュニケーションを取れるが、何もボクだけが特別ではない。
少なくとも自分が見てる限り険悪な仲のパーティーメンバーはいないし、仮に喧嘩をしたとしてもすぐに仲直りするだろう。
そんな中で、ボクが皆を引っ張るなんて機会はさすがに・・・。
「ここまで教えてきたように、人間たちは魔族軍に押されてきている。現に魔族に掌握されてしまった国も多いし、人々を惑わせて仲違いさせるような術を使う魔族もいると聞く」
ジャヴェンスは段々とフォライドの方へと近づいていき、じきに目前で立ち止まる。
「余は、お主が死霊魔術が使えないという一点のみが心配じゃった。考えも行動も、昔から他の面々と比べて遥かに大人びており、そこは高く評価していたからな。・・・そうじゃろ?フォライド」
「それは・・・」
何かを見透かしているようなジャヴェンスからの言葉に、フォライドはつい口ごもってしまう。
前世で幼馴染を襲い、警察から追われる中で命を落としたフォライド。過去の記憶に苦しむ彼は、確かにジャヴェンスから見れば他の面々とは違って写っていたと思う。
ラクェルも、モンブズも、レラエも、ユーネスも、彼と同じように転生した存在。だがフォライドは、以前の記憶を保持している転生者は自分だけだと確信している。
それに彼の心の中では『人殺し』という過去が重くのしかかり。自分は『魔王を倒す救世主』に相応しくないとずっと考えており、魔術を全く使えないという負い目も抱えて生きてきたのだ。
フォライドは前世の記憶が残っていることをジャヴェンスに伝えていない。殺人犯であることなんてなおさら。
その理由は・・・。たとえ『自分は救世主として不相応』と卑下していても、いざ他者に事実を話したら、ここから追い出されるかもしれないと思っていたから。
胸の鼓動が早くなるフォライドは、自身のことを静かに見つめてくるジャヴェンスから目を逸らす。
「それは・・・その・・・」
その心の中には相反する感情が渦巻いていた。
『自分は殺人犯だ。救世主なんかじゃない』/『パーティーメンバーと一緒にいたい。前世とは違った人生を送って周囲の期待にこたえたい』
他人に言えない過ちの過去を背負いながらもようやく死霊魔術を発動をし、魔王討伐の旅に同行できるお墨付きを得られたのに。
たとえ尊敬しているジャヴェンス相手だろうと、ここで簡単に『自分は前世の記憶を覚えている』と打ち明けるわけにはいかない。
仮にそうなれば以前の人生のことを詳しく聞かれるだろうし、じきに殺人を犯したという事実も告白せざるを得ない状況に陥る可能性もある。
その先に待ち受けていることは・・・。
きっとジャヴェンスだけでなく仲間からの信頼も失う。前世とは異なり愛を注いでくれたこちらの世界の両親のことも裏切ることになる。
「・・・うむ。まあ何も答えなくても良い」
その気持ちを慮ってなのか、ジャヴェンスはうんうんと頷き、彼の肩に手をポンと置く。
「とにかくお主は、『自分は死霊魔術を使える人間だ』と自信を持つと良い。後は先ほど言ったように、旅の道中で軋轢が生まれるようなことがあれば、それを収め周囲を引っ張ることじゃな」
「はい・・・」
「最も大事なのは魔王討伐。余は魔王と会ったことが無いからその強さは計り知れぬ。ただ、それに向けて鍛えてきたのだからな。明日から頑張るんじゃぞ」
ジャヴェンスは皺だらけの顔に笑みを浮かべ、こう声をかけた。