第13話 両親
16歳最後の日。つまりそれは、魔王討伐への旅に出発する前日。
その日、死霊魔術師であるフォライドは王城内にある貴賓室で両親と面会を果たし、久しぶりに言葉を交わしていた。
「聞いたよフォライド。ようやく自分の魔術を使えたんだってね。本当に良かった」
フォライドと似た黒い髪で、眼鏡をかけて穏やかそうな父親。
「そうよ。色々と大変だし、本音を言えばわたしはとても心配。・・・だけどこれがフォライドの運命だから。頑張ってね」
フォライドとは違って茶色のウェーブがかった髪の、優しそうな母親。
「うん。父さん、母さん。行ってくるね」
心配そうな両親と顔を合わせたフォライド。しかし約1年ぶりほどの再会になるが、これ以上の言葉が出てこない。
転生したフォライドにとって、こちらの世界の両親には何の不満もない。というよりも前世での両親があまりにも酷い人間であって。
前世の父親は記者職をしていたのだが、勤務時間が不安定で子供の頃から一緒に過ごした時間も短く。それに自身が高学歴だったということもあり子供にも高い勉学成績を求め、それが芳しくない際には何時だろうと自室に呼びつけて説教や体罰を行っていた。
前世の母親は専業主婦をしていたのだが、子育てよりも自分の趣味の方が大事という考えの人間。夫も仕事で外出している中、幼い息子をひとり家に残して夜間どこかに出かけるということも珍しくなかった。おまけにどれだけ受けているイジメを訴えても、面倒だからとそれを無視し尽くした。
何よりも前世のフォライドにとってショックだったのは、成人してからもイジメのトラウマで引きこもりがちになってしまった自身のことを、ある晩ふたりして酒に酔いながら『失敗作』と罵ってきたこと。
ボクだって辛かった。
もう少し普通の人生を歩みたかった。
イジメにも負けず誰かの役立つ仕事に就きたかった。
しかし幼い頃から受けてきた仕打ちによって刻まれた心の傷口は、何年経過しようとも塞がらない。
それに、そもそも幾度となく助けを求めたのにも関わらず、救いの手を差し伸べようとしなかったのはこの両親。
結果として彼が襲ったのはイジメの主犯格だった幼馴染だが、本当はそんな前世の両親にも何か復讐をしたいと思うほど強い憎しみを抱いていたのだ。
「大丈夫かい、フォライド。何か言いたいことがあったら父さんに言ってごらん?」
しかし・・・転生して出会った異世界の両親は違う。
優しかった。時には厳しかった。
だが前世の記憶を覚えていたことで、周囲の子供よりもどこか大人びていたフォライドのことも素直に受け入れて、心の底から愛してくれた。
「父さん・・・母さん・・・」
フォライドは思う。自分はどこまでも殺人犯だ。だからふたりが思っているような人間ではない。
そしてまたも彼は前世の出来事を思い出す。
それは小学1年生の頃。『お父さんとお母さんに手紙を書こう』という授業があり、彼は一生懸命気持ちを綴った。
まだ酷いイジメを受ける前の純朴で幼い彼は、精一杯の愛をそこに伝えたのだ。
だが。
その手紙は担任の教師からは高い評価を受けたが、自宅に持ち帰って母親に渡したところすぐに捨てられた。最初は悪い夢かと思った。でも、ゴミ箱の中にある手紙を見て、じきにそれが現実だということに気づく。
多分自分は望まれて産まれた子供じゃなかったんだと思う。ボクはどこまでも邪魔者でだったんだ。
だから今も怖い。
目の前にいるこちらの世界の両親は、そんな人間ではないと頭では理解している。ところがその本性は違って、いつか自分のことを無下に扱うかもしれないという漠然とした恐怖心があって。
どうしてもフォライドは、言いたいことが喉でつっかえてしまっている。
「フォライド。母さんたちはあなたのことを愛してる。だから無理して何かを言うとしなくても良いわ」
目を伏せ、次の言葉が出てこない状態のフォライドに対し、母親は優しく話しかける。
「そうだね。父さんたちの願いは、魔王を倒して無事に帰ってくること。それと良い仲間たちと軋轢を生じさせないことも」
こう言って、父親の方も笑顔を見せながら激励した。
これを聞いたフォライドは小さく頷き、そして意を決してふたりのことをじっと見て、口を開く。
「父さん、母さん。今まで育ててくれてありがとうございました。この王城に住んでからなかなか会えなかったけど、ふたりの子として産まれて幸せです。・・・魔王討伐のため、頑張ってきます」
勇気を振り絞った息子の想いを耳にした両親は、真っすぐにそれを受け入れ、慈愛に満ちた瞳でフォライドのことを見つめ返した。
◇
「あ、フォライドさん。ご両親との面会、終わりましたか?」
城門までついて行って両親を見送った後、城の廊下で回復魔術師の少女であるユーネスと鉢合わせしたフォライド。
「うん。久しぶりに会えて、伝えたいことも伝えられたよ」
穏やかな口調で話すフォライドに安堵したような表情を見せるユーネスだが、急に彼に近づくと、耳元で囁く。
「そう言えば一昨日のサイクロプスの件。ちょうどわたくしと国王陛下が、レラエさんの話を伺ってる時にラクェルさんが来られまして・・・」
「ラクェルは謝ったのかな?」
「ええ。国王陛下には当日の夜深くに謝罪をしたらしいのですが、レラエさんとわたくしにはその時に」
この話を聞いて、フォライドは一旦胸をなでおろす。
確かにラクェルの思想とそれに伴う行動というのは問題がありそうなのだが、それでも彼は魔術師パーティーのリーダー格でもあるし、魔王討伐への旅を控えている直前で仲違いもしたくない。
それこそ先ほどの父親の話ではないが、長く険しい旅の中で軋轢が生じることが一番怖いのだ。
ひとまず問題無く出発できそうなことにフォライドは安心した。
「それと、国王陛下がフォライドさんと話をしたいと仰ってました」
「・・・え?ボクと?」
ユーネスによれば、恐らく死霊魔術を使えたことに関する内容であるらしく、旅に出る前に聞きたいことがあるというのだ。
「分かった。ありがとう」
耳元で色々と説明をしてくれたユーネスに礼を言ったフォライドは、駆け足でジャヴェンスのもとへと向かった。