第10話 相談事
フォライドが魔術を発動でき、皆の力でサイクロプスを倒した翌日。
いよいよ目前に魔王討伐への旅が控えているということで、彼は自室で荷物の整理を行っていた。
窓からは温かな太陽の光が差し込んでくるこの部屋。10歳の時から暮らしているこの場所とも、しばらく離れ離れにならないといけない。
旅に使う革製のバックパックに書物や着替えなどを詰め込む手を止め、部屋の中をぼーっと眺めたフォライド。すると彼は突然寂しさを覚える。
前世の時に住んでいた家。そこにあった狭い自室。
あそこでボクは小さい頃から何度も涙を流した。幼馴染の少年から酷いイジメを受けた時。あるいは両親にそのことを訴えても聞いてくれなかった時。
だからあの部屋には良い思い出が無いどころか、もう二度と思い出したくないほどの印象を抱いている。
けれどここは違う。
確かにこの部屋でも数えきれないほど悩んだ。前世で幼馴染のことを殺した自分が、何故だか救世主と呼ばれもてはやされていることに。そして魔術をずっと使えなかったことに。
ただ前世のように咽び泣くことは意外にも無かった。そしてそれは魔術師パーティーの存在があったからだ。
部屋にこもっていても、モンブズが押しかけてきてトレーニングを共にした。ラクェルが心配して声をかけに来てくれた。ユーネスが本を持ってきて一緒にそれを読んだ。レラエによって部屋から引っ張り出されて街に買い物に行った。
「ああ。この部屋で過ごした時間は楽しかったんだなあ・・・」
フォライドの口からは自然とそんな言葉が漏れ出して、急に涙がこぼれてくる。
同時に。今後のことについて考えると、言いようのない恐怖心と不安感が彼のことを襲う。
これからは魔王討伐の旅に出る。これまではゴブリン程度の魔族としか戦闘訓練をした経験しかないボクらは昨晩、巨大な魔族であるサイクロプスを倒せた。
これまで他国から譲り受けて訓練で用いていたのは、小ぶりで貧弱な個体ばかり。あれほど巨大な魔族というのは生まれて初めて見た。
もちろんそれでも皆で協力すれば倒せるという手応えもあったのだが・・・。魔王の居場所に近づくにつれてより強大な敵も現れるはず。
もしかしたら。誰か死んでしまうかもしれない。
「い、いや。そんなこと・・・」
首を横に振るフォライドだが、そもそもその『誰か』は自分になる可能性が最も高いのではないか。
結局魔術だってあの一回した発動できておらず、今日の明朝だってこっそり闘技場に向かって色々と試してみたのだが、案の定ダメだった。
実際にサイクロプスを倒したのはボクとユーネス以外の面々だし、ボクの屍は少し足止めすることしかできなかった。
「・・・死にたくないな」
ポツリと彼はこぼす。
これは前世でイジメを受けていた時に思っていた「死にたくない」とは別の感情。
魔術師パーティーの皆と、離れ離れになりたくない。ずっと一緒にいたい。
だから、死にたくない。
肩を落とし、真っ白な部屋の壁を見つめながらこのようなことを考えていたフォライドだが。
「・・・ん?」
コンッコンッとドアをノックする音が響く。
「誰だろう?」
こう呟いたフォライドが静かにドアを開くと。
「・・・あ、フォライドっち。ちょっと今、良いかな?」
そこに立っていたのは金髪の女性、雷魔術師・レラエだった。
◇
「片づけはかなり進んでるんだ。一昨日見たモンブズっちの部屋なんかまだ散らかしっぱなしだよ」
レラエはフォライドの部屋を見渡しながらこう口にした。
金色に輝く髪。それはうなじが見えるほど切られているので、肩まで赤い髪を伸ばしているラクェルと比べると、短い印象をより際立たせる。
普段着ているのは露出の多い服装。彼女によるとこれは「おしゃれだから」らしいのだが、比較的温暖なこのソルライク王国であっても冬季は存在するため、肌寒い日なんかは思わず心配していしまうほどだ。
現に、今も着用しているのは訓練時に着用している黄色のローブではなく、両肩が出ている服。
「まあモンブズはいつもその辺に物を置きっぱなしな癖があるからね・・・」
「でも昔から変わんないよね、アタシたちも。やっぱり人間の特徴ってある程度の年齢の時にもう決まっちゃうのかな?」
笑いがながらこう話す両者だが、フォライドとレラエは特別仲が良いわけではない。
しかし彼女は以前から、「ラクェルっちは真面目過ぎるし、モンブズっちは筋肉大好きだし。だけどフォライドっちは魔術を使えない以外は普通だから」とよく口にしており。
フォライドもこれをよく耳にした経験があるのだが、どうもレラエにとって彼は男子勢の中でも『毒にも薬にもならない、丁度いい存在』という評価に落ち着いているらしい。
そんなレラエは「これ借りるね」と言って、木製のイスに座る。
「で、どうしたの?何の用?」
床にしゃがみ、先ほどの続きとしてバックパックに荷物を入れながらフォライドはレラエに尋ねる。
「・・・」
だが、彼女は何も発さない。
「・・・?」
違和感を抱いたフォライドが顔を上げてレラエの方に顔を向けると。
「・・・え?ど、どうしたの!?」
「・・・ごめん・・・」
彼女は小さな声で謝罪を口にするが、いつもは元気に満ちた目も怯えきっており、顔面蒼白で体を震わせていた。
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?」
それを見たフォライドは、慌ててレラエのそばに駆け寄って彼女の背中をさする。さらに、彼はおでこにも手を触れて熱を測るが・・・。
「だ、大丈夫・・・。体調が悪いってわけじゃないから・・・」
そしてレラエは息を呑み、小さな声でフォライドにこう告げる。
「ア、アタシ・・・見ちゃったの・・・。あ、あり得ない話なんだけど・・・」
「み、見たって?何を?」
フォライドは心配そうな表情を浮かべつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。
「昨日・・・ラクェルっちが・・・日中にあのサイクロプスと一緒にいたところを・・・」
レラエは、フォライドに向けてこう絞り出した。