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日蝕の日の願い事

「そんなこといきなり言われても無理だよ」


 僕がそう言うと、隆くんが土下座を始めた。ここは伊豆諸島。八丈島の八丈町立大賀郷小学校。ガジュマルの木のしげる朝の校庭。


「そこをなんとか、男が恥を忍んで告白したんだぞ。頼むよ、一生のお願い」


 まさか親友の隆が、未だにオネショしてたなんて。何とかしてはやりたいけど。


「優のお母さん、沖縄のノロって言う凄い巫女さんなんだろ? その人が何かひまわり使って願掛けしてるって聞いたんだ。だからオイラも願掛けお願いしたいんだよ」


 僕のお母さんは、沖縄の生まれで、ノロっていう神官だ。琉球王家の血を引くノロ殿地どぅんちって言う、地方の大地主みたいな家柄だったらしい。

 今は沖縄はアメリカ軍に占領されて、親族と連絡も取れなくなってしまった。


 一九四五年の終戦の年、お父さんは軍の命令で日本国中の神社仏閣を巡り、日本の勝利とアメリカの敗北を祈願させるため、走り回っていたのだそうだ。


「神頼みで勝てると信じてたんだから、負けて当たり前だ。でもお陰で戦地に送られなくて良かったよ」とお父さんは笑う。


 そして沖縄戦の始まる寸前の三月に沖縄入りし、全地区のノロ達に、日本の勝利を祈らせようとした。


 でも、お母さんのお母さん(つまり僕のおばあちゃん)は、とても霊力の強い人で、ガンダーリィ(神垂れ)で、沖縄は戦場になり、ノロ達も殺され、日本が負けるのをハッキリ見たといった。


「神意は変えられないが、その事を口外せぬ代わりに、私の娘を嫁にしろ。主は女を幸せにする相が出ている」

 そう言われて、その場でお母さんをお嫁にもらって来たんだそうだ。


「すごい美人で一目惚れだったんだ」

 とお父さん。禿げのくせに。


「でもお母さんはお父さんと結婚してから、一度も辛いとか不幸だとか思ったことないですよ」とお母さん。


 おばあちゃんの見立ては正しくて、二人は運命の相手だったってわけだ。


「お前だっていつか運命の相手に会えるさ」

 父さんの言う通りになればいいけどな。うふ。


 でも、沖縄の琉球神道は、世襲制で女の人しか継げない。

 霊感の強い血筋の霊威は、三代後(祖母から孫娘)に引き継がれるといわれてる。お母さんはおばあちゃんの血筋を絶やさないために、跡継ぎの女の子を欲しがってた。 


 先月、念願の赤ちゃんを授かったのに、流産してしまい、お医者さんにもう赤ちゃんは望めないと言われたのだ。

 それでお母さんは、あのひまわり畑を作ったんだ。

 女の子を授かるよう願いをかけて。


「でも、無理だよ。花も終わったし、今日は土曜日で半ドンだから、お父さん午後からひまわり刈るって言ってたもの」


「だからだよ。今日は三時間目に全校生徒グランドに出て、日蝕の観測する事になってるじゃないか。全学年ゴチャゴチャになるから二人くらい抜けたってバレやしないよ」


「でも、学校サボるのはさ……」


「それ、私達も行く。まぜて」

 女の子達が木の影から飛び出してきた。うちの組のお喋り三人娘に立ち聞きされたのだ。


「どんな願い事なんだよ」

 恐る恐る僕は聞いてみた。


「アタシ、こんな島出て歌手になるの。江利チエミみたいな」


「ワタクシは女流小説家。未来の芥川賞作家よ」


 リーダーのデブのアキコに続いて、のっぽで眼鏡のトキコも言った。どんな根拠があるのやら鼻高々だ。でも、最後のチビのノリコの願いに僕はウッとなる。


「妹が、ひどい喘息なの。本土の病院で診てもらって、治してあげたいの」


 断わりずらい……。迷っていたら、アキコがトドメを刺した。


「頼んでくれなきゃ、隆がまだオネショしてるって言いふらしてやる」


「わ、分かった。後でみんなで抜け出そう」

 僕はそう言うしかなかった。


 チャイムがなり、僕等はいっせいに教室に走った。

 一九五八年、四月十九日。今日の十二時四十四分頃、“金環日蝕”が起こる予定だっ

 た。



 ◇



「優さんそんな約束しちゃったの?」

 突然現れた僕たちを見て、お母さんは困っている。


「ゴメン、お母さん。ひまわり畑片づける前に、一回だけでいいから試させて」

 僕が両手を合わせてお母さんを拝むと

「お願いしまーす」と、みんな揃って頭を下げた。


「仕方ないわね。ただし、日蝕が始まる前に終わらせるのよ。これは太陽神ティダへの願いの通路なんだから」

 やったー!


 僕たちはゾロゾロと、家から少し離れた海沿いにある、ひまわり畑に向かった。

 ゴザと黒い布。湯呑みとヤカンに入ったお茶、タライとバケツの水付き。

「後のお楽しみ」と、お母さんが言った。ちょっとしたピクニックだ。



 ひまわり畑につくと、お母さんはポケットから麻紐を巻いた玉を取り出した。


「さて説明します。この迷路はおばさんの故郷の沖縄に伝わる『ティダ(太陽神)の願い舞』と言うものなの。

 願い事を唱えながら太陽の環の動きをあらわす踊りを舞って、その足跡に沿ってひまわりを植える。

 少しずつ太陽に向かって伸びるひまわりを見ながら、収穫が終わるまで、毎日一度その道を、願いを唱えながらなぞって歩く。

 収穫が終わると願いが叶うと言われているの」

 みんな真剣な顔で聞いている。特に隆とノリコは。


「でも、この舞は環が幾重にも重なった形で踊るから、すごく複雑で雑誌なんかにある四角い迷路みたいにはいかないの。

 だからこの麻紐玉をつかいます。そうやって、おなじ環を回り続けて出て来れなくなるのを防ぐのよ」


「あ、それギリシャ神話に出てくるダイダロスの迷宮ですね。

 迷宮の奥に住む、ミノタウロス退治に来たテーセウスのために、ミノス王の娘のアリアドネが彼に糸玉を渡して、迷宮で迷わないで帰れるようにするの」

 トキコが叫んだ。さすが作家志望、だてに本は読んでない。


「その通りです。紐を垂らしながら進んで、糸が重なりそうになったら別の道を選ぶ。この繰り返しで、ぐるっと回って入り口に戻って来れたら、太陽神の舞いを踊った事になるから、願いが太陽神に届いた事になるの。

 でも神様は気まぐれだから叶えてくれないかもしれない。それでもやってみる?」


「はい」

 みんな揃って返事した。


「私一番ね」

 デブのアキコが麻紐玉を取った。

 紐の端っこをヤカンにつないで、ひまわりの中に入っていく。


 その間にお母さんは、ゴザの中から出した黒い布をタライに敷いて、バケツの水を入れた。水面に太陽がくっきり映る。


「中国では、こうやって太陽を水に映して日蝕を見るの。目を痛めたりしないし、みんなで見れるわ」

 お母さんがそう言った。今と違って観測用メガネなどない時代の知恵だ。


 その時、「もうだめ―!」と悲鳴があがり糸が引っ張られた。

 アキコのヤツ、五分と持たないじゃないか。

 次のトキコは、十分でダメだった。


 

 ◇◇◇


みんなの願い事は叶うのかな?

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