32 分かっている
(大樹)
「久しぶりに杏花に会えて本当に嬉しかった。────でもさ、本当に一瞬だけだったんだ。
……だって全然感触も匂いも違い過ぎて、一瞬で薬の効果なんて解けちゃったからさ。」
それを思い出してプッと笑うと、レオンハルトとの思い出が胸いっぱいに溢れ出した。
暴言しか吐かないくせに行動は妙に優しいし、何でもない様な態度をとるくせに不安そうにくっついて離れない。
それに弱みをみせない様カッコつけてツンッとしているのは、正直可愛いと思ってしまう。
この気持ちが何かなんてさ、とっくに分かってんだよ。
苦笑いしながら手に乗っている指輪をグッと握りしめたその時────……。
────コンコン……。
控えめなノックの音が響いた。
「お〜、入ってくれ〜。」
部屋を掃除しに来てくれた侍女であることが分かっていたので軽く返事をすると、若く美しい侍女のお嬢さんが入ってきて、淡々と部屋の掃除を始める。
ちょこちょこと動き回る侍女の背中をボンヤリと見つめながら、更にその手に持つ毛ブラシが家具の埃を落としていく様を目で追いかけていると、やがて部屋中の家具はピカピカになった。
それを見届けていつも通り御礼を告げた後、頭を下げて出ていこうとする侍女の背中に向かって、俺は静かに話しかけた。
「────で、どうしたんだ?俺に言いたい事、あるんじゃないのか?」
そう聞いた瞬間、ピタリッ……と動きを止めた侍女は、そのままゆっくり俺の方へ体を向けると、完璧な礼を披露した。
若く美しい女性。
礼をする姿はまるで百合の花に例える程綺麗で、美しさと共に気品も感じられる、まさに非の打ち所がない女性だなと、素直にそう思う。
「お恐れながら……聖女様に申し上げたい事があります。」
「お〜。何だ?」
部屋に入ってきてからの侍女の心臓はドキドキと鼓動が早く、身体全体が緊張している様子だったので、多分俺に何か言いたいのだろうなという事はすぐ分かった。
いや、今だけではなくずっとか……。
しかも彼女だけではなく他の沢山の侍女からも同じ様な様子が感じられていたので、何となくその内容は予想していた。
思わず苦笑いしていると、彼女はゆっくりとした動きで下げていた頭を上げると、キッ!と俺をまっすぐ睨みつける。
「聖女様はご自分が王を支える存在になれると思いますか?
正直に申し上げますと、聖女様には、そのお覚悟も知性も気品もマナーも全てない様に見えます。」
ハッキリ告げられる言葉を黙って聞いていると、侍女は唇を噛み締め更に続けて言った。
「王の隣には共に国を支える正妃、そしてお二人を支える沢山の側妃が必要です。
子を生み、国のために自らを犠牲にしてまで尽くす……そのための教育を皆幼き頃からしているのです。
自身のたった一つの行動が国を滅ぼす一手になりうる……そんなプレッシャーと戦いながら、王もそれを支える者たちも立ち続けなければならない。
そんな覚悟もない人が軽々しくなっていい立場ではないのですよ。」
侍女の手は震えていて、多分俺が怖いんだろうなと思う。
なんてったって騎士団が総出でかかっても倒せなかったユニークモンスターをあっさりと倒した聖女様だ。
怖くないはずがない。
俺はできるだけ怖がらせない様にニコッと笑うと、侍女は僅かにたじろいた様に肩を揺らした。
「その通り過ぎて何も言えないな。お嬢さんも王を支える存在になりたいのか?」
「……当たり前です。私はそのために、今の今までどんなに辛くても努力し続けてきたのですから。」
この王宮にいる侍女達は全員、良いところのお嬢さんで側妃候補達。
王の目に止まれば側妃になれると、王子と年齢の近い女性の殆どがこの侍女に立候補するのだとか。
彼女たちは幼き頃からそりゃ〜辛い辛い教育に耐えて、しっかりとした覚悟を持って王宮へとやってくる。
そんな血に滲むような努力を────こんな能天気なアホアホおっさんに邪魔されたら、そりゃ〜溜まったもんじゃないと思う。
俺は今までの自分の行動を思い出し、反省と恥ずかしさに目をキュッ……と瞑った。
俺のこの三ヶ月にした事。
飯!酒!昼寝!エッチ!!そして────エッチ、エッチ、エッチ!!
本当にそれしかしてない。
彼女からすれば見たくもない気味の悪いモノを見せられた挙げ句、その後片付けまでさせられるとくれば……『まぁ、控えめに言って地獄の日々だよな、これ。』と素直に思う。
それに気づいた俺は、公開処刑的にズッコンバッコンされてきた日々を振り返り……あああああ〜〜……と、心の中で悶え苦しんだ。
そして散々自分の痴態について思う存分恥ずかしがった後は、目をゆっくり開けてジッ……と侍女を見つめる。
すると彼女の体はビクリッ!と大きく跳ねた。




