18 復讐
( レオンハルトサイド )
「 ……クソっ……何なんだ……。 」
ポツリと苛立つ気持ちを吐き捨てると、その声は簡易式のテントの中で小さく響く。
用意されたこのテントの中に入った瞬間、疲れから直ぐにその場に倒れ込む様に座り込むと、昨日から全く良い印象などないはずのあの男の顔が浮かぶ。
それは振り払っても振り払っても出てきてしまい、それにイラッとしたが……同時に何だか暖かい気持ちがついてきた。
これは一体何なのだろう?
そんな事を考えながらドキドキ早鳴りを始めてしまった心臓を鷲掴んで、顔を立てた自分の膝に埋めた。
急に子供扱いして怒ってきたり、私の事を、カ、カッコいいと言ってきたり……
その事を思い出すと、ただでさえ早鳴りしている心臓は次第に大きくなっていき、そのせいで顔が火照ってしまう。
てっきり平和で幸せな世界から来た、” 苦 ” を全く知らぬ愚か者だと思っていたのだ。
しかし────
” 力で蹂躙される悲惨さを知っているから ”
あの男は、ここよりもずっと酷い世界から来たのだと知った。
アルベルトの言う通りあんなに強いのだから理不尽に召喚した私や騎士達を殺してサッサと逃げることだって、脅して元の世界に帰させる事だってできるはず。
それにどうやらこの国の闇ともいえる悪の所業の事も全て知っている様子だった。
私があの男を理不尽に利用して捨てようとしている事も……
「 …………。 」
色々な感情が押し寄せ上手く頭が働かない。
こんな事は初めてだった為しばし放心してしまったが、すぐに頭を振って ” しっかりしろ! ” と自分に言い聞かせた。
私はこの討伐を見事成功させこの国の王になる。
それだけを目標に今まで頑張ってきたのだ。
母を殺し私を亡き者にしようしてきた者達に復讐を────。
薄暗い想いに囚われそうになった、その時、突然テントの外から声が聞こえた。
「 レオンハルトく〜ん。い〜れ〜て〜! 」
気味の悪い言い方と共に無遠慮に入ってきたのは、ずっと頭を支配している男、清らかで美しい聖女……とは真反対ともいえる全然美しくないただの小汚いおじさんだ。
「 ……あの、まだ入っていいと言っていませんが……? 」
「 まぁ〜まぁ〜、硬いこと言うなって!俺達の仲じゃ〜ん! 」
どんな仲だ……。
ニタニタ〜としたこれまた気味の悪い笑顔と共にそう言った大樹様は、突然私の両手をガシッ!と掴んできたので、その行動に対し、ドキッ!!と大きく心臓が跳ねる。
” も、もしかして……やっぱり私の側妃になりたいと……? ”
そのままドキドキ……と太鼓の様に打ち付けてくる心臓の音に戸惑いながら、更にぐるぐると渦潮の様に回る思考で必死にこれからの事を考えた。
” ま、まぁ、男だけど一応聖女だし、強いから役に立つ事もあるだろうし……討伐が成功したら末端の側妃くらいには入れておいても…… ”
” ペットだと思えば、小汚さも仕方ないし……綺麗に洗えば撫でてやる……くらいはしてやってもいいか。 ”
そんな事をつらつら考えていたのだが────大樹様はモニモニと私の腕のマッサージを始めてしまったので、思わず目は点になる。
「 ……?あ、あの……?? 」
「 お前さ、凄く強いけど、騎士と違って毎日剣を振っているわけじゃないんだろ?
随分手に疲労が溜まってる。
ちゃんとマッサージしておかないと明日手を痛めちまうぞ。 」
説教臭い言葉に不快を感じる────はずなのに、何となく擽ったい様な気持ちになった。
それが不思議で何となくされるがままにされていると、大樹様は優しい手付きでマッサージをしながら話だした。
「 今まで態度が悪くてすまなかった。
俺は生まれてからずっと無礼上等な軍に所属していたからさ、これが普通なんだ。
……敵は ” 外 ” だけじゃないからな。 」
その言葉を聞き、レオンハルトは自身の取り巻く環境を思い出す。
「 ……そうですね。
” 人 ” は怖いモノですから……。 」
思わず本音を言ってしまいハッ!として直ぐに口を閉じたが、大樹様は全く気にする様子はなく「 そうなんだよな〜……。 」としみじみ言った。
そして少しの間無言の時間が続き、でもこの時間が苦痛ではないと感じ始めた頃、大樹様が唐突な話題を俺に振る。
「 王様になりたいのは復讐のためか? 」
触れてほしくない部分に触れられ、俺は無言のまま、フィ……と顔を背けて答えずにいると、大樹様は小さく笑った。
「 お前の復讐は優しいな。
もっと確実で苦しめるやり方、あるだろう? 」
「 ……俺が王になる事が一番の復讐でしょう?
上に立って全員を俺のためだけに働く道具にしてやる。 」
また本音を出してしまい苦々しい想いで顔を背けたまま黙っていると、大樹様はククッと先程より大きな声で笑う。
「 俺はお前の復讐、嫌いじゃない。
────頑張れよ。 」
突然肯定する様な言葉に思わず大樹様の方を見ると、楽しそうに笑う大樹様の顔が目に入る。
その笑顔を見ていると全身が何だかむず痒くなる様な感じがして俺は誤魔化す様に言った。
「 大樹様なら……どんな復讐をしますか? 」
特に答えを求めたわけではない。
本当に何となく聞いてみただけだった。
しかし大樹様は一旦手を止め真剣にう〜ん……と考え込み、やがて、思いついた!とばかりに目を輝かせ俺の目をまっすぐ見返す。
「 俺だったら面倒な事、ぜ〜んぶ嫌いな奴らに押し付けて自由に生きる!
いろんな所に行ってみたり美味しいもの食べたり……とにかく好きな事を好きな時にやるな。 」
「 ……はぁ……そうですか……。 」
考え込んでいた割にどうしようもない答えが出てきて呆れてしまったが、続く言葉に俺は動きを止めた。
「 ” 自分が幸せだと思う事を思いっきりやること ”
多分、それが一番の復讐だと思うんだよな〜。
だって嫌いなヤツが幸せになったらすっげぇ〜ムカつくだろ? 」
その言葉が何だか衝撃的で・・先程無遠慮で入ってきた大樹様同様にズカズカと心の奥に入ってきたと思ったら、なんとそのままゴロンっと寝転がってしまった。
押しても引いてもてこでも動かないそいつを見ていると、感情はゴチャッとしてしまい、結局俺の口から出たのは────
「 ……単純でいいですね。 」
そんな憎まれ口だけだった。




