1主人公が暮らす世界
────ガチャ……。
疲れた体に鞭を打ちマンション型の自室のドアを開けると、そのまま前のめりに中へ入る。
そして一歩……二歩……と歩を進めたが、とうとう限界を迎えたらしく足は体を支える役目を完全放棄。
その結果────……。
ドターン!!
大きな転倒音を立てて俺はうつ伏せに倒れてしまった。
「か、過労死するぅ〜……。」
誰もいない真っ暗な部屋の中に響く声が虚しい……が、それが分かっていても口に出さずにいられない!
俺は「くそ〜!!」と盛大な独り言を呟きながら、その場でゴロンと転がり、何もない天井を見上げた。
年齢はアラフォーが見えてきた34歳。
顔、普通!身長、普通!黒い髪に大きすぎず小さ過ぎずの顔のパーツが普通に配置されているザ・平凡男。
唯一のトレードマークと言えば、鼻の頭を飾るそばかすだけ。
それがこの俺<森田 大樹>だ。
ちなみに森やら田んぼやら、自然豊かな名前の方が印象的だねとよく言われる。
「…………。」
ツリー男と呼ばれていた幼少時を思い出し、思わずホロリ……。
疲れてボロボロな体は余計に重くなった気がした。
床の冷たさに心地よさを感じながら、そのまま天井をぼんやりと見つめると、現在所属している職場に想いを馳せる。
そろそろ前線は引退しても大丈夫かな?
最初の頃はへっぴり腰で戦っていた後輩達が、主戦力として戦い抜いた本日の事を思い出し、ニマッと笑みを浮かべた。
嘘か誠か、遥かむかしむかしの物語。
今は滅亡したとされる国の上空に突如黒い雲が発生し、その国をスッポリと覆い尽くした後は、それは瞬く間に世界中に広がったらしい。
勿論当時のここ【日本支部】に該当する場所も、それに覆われ血の様な雨が降ったのだそうだ。
するとそれを浴びた動物は姿形を変え、意思なき化け物へと変わると次々と残った人や動物達を食べ始めてしまったらしい。
そこからはもう地獄。
それにより当時は絶滅しかけた人類だったが、生き残り達は地下に住み、コツコツとその化け物達を倒す方法を研究し続けた。
その化け物を人は『クリーチャー』と呼び、長い長い歳月の中、人類は少しづつ少しづつ数を増やし反撃の時を待つ。
そして遂に画期的とも言える発明をしたのだ。
それが化け物とまともに戦う事が出来る『新型人類』の誕生。
これは『クリーチャー』から採取した細胞を、まだ生まれたての赤子に植え付け、従来の人類よりも遥かに強い人類を生み出すものであった。
それから人類は子を産むと、まずはこの細胞の適性を測り、その値が一定以上の赤子にその細胞を注入、『新型人類』へ。
そしてその赤子と両親は一級住宅地が与えられ、比較的裕福な生活を今後送る代わりに、幼き頃からクリーチャー達と戦う戦闘部隊へ配属される。
適性を得られなかった赤子と両親は三級住宅地が与えられ、裕福とは程遠い生活を送る事になるが、努力次第で二級住宅地を与えられ、まぁまぁな生活を送れる様になる────…これが今現在の人類の暮らし。
ちなみに俺はその適性を得る事ができた『新型人類』なのだ!
「────ヨッ!」
掛け声と共に勢いよく飛び起きると、既に先程までの激しい戦闘による疲労は回復している事を確認し、大きく伸びをして体を伸ばす。
これも新型人類の能力の一つ、その名も<超回復>。
通常の何万倍もの基礎体力と回復力を持ち、更にはクリーチャー並のパワーに耐久力もある。
これがないとクリーチャーとまともに戦うことは不可能だ。
「……まぁ、それでも毎日沢山の人が死ぬけどな。」
ボソッと呟きながら窓まで歩き、そのまま窓を開けて地上20mはあろうかという高層階から外の景色を見渡した。
灰色に染まった空の下、あたり一面は電力の節電のためほとんど真っ暗で、街を囲う巨大な防壁のところだけ明かりがついている。
この防壁で囲まれた土地だけが、現在俺達人類がクリーチャーから取り返せた土地だ。
真っ暗な街を眺めながら首から下げた細いネックレスの鎖を引っ張り、通されていた歪んだ銀の指輪を手に取った。
そしてその指輪に見せつける様に、まだ無事な街の景色に向かって突き出す。
「今日も街は無事だよ。杏花。」
小さく呟いた言葉はドロっとした嫌な風に掻き消され、それに俺は苦笑いしながら静かに窓を閉めた。
「さ〜てと!シャワーでも浴びて今日はさっさと寝〜よおっと!」
独り言にしては大きすぎる声を上げた後、俺はシャワー室の方へ向かって歩き出した。




