天上に居られる神は、あの方が生きるのを否としたのですね
開いてくださりありがとうございます。
少し前に書いた『どうか私の分まで、末永くお幸せに。』の妹視点になります。
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この作品単体でもテーマとなる嫉妬は描けたと思いますが、できれば先に目を通していただければと思います。
評価・感想お待ちしています。ブックマークも是非していただければと思います。
告解室にて信者の方の話を聞き、神へとそれを伝え、代理として助言を差し上げるのが私の仕事です。
それは今日も変わりませんが、今、格子越しに跪いている方は、どうにも雰囲気が異質に感じられます。
しかし、今の私にできることはただ話を聞くのみですから、「始めてください」と言うほかにありません。
信者の方は頷くと、美しい声で告白を始めました。
「……私は、姉を殺してしまいました。
私の姉は、とても真面目で誠実でした。姉を慕う令嬢は何人もいます。
それは、いつも「貴族らしく」あろうという心構えをしており、所作もそれに相応しいものだからです。
また、勉学においても、学院で姉に敵う方は誰もいませんでした。
そんな姉でしたが、所作の美しさという外面以上に、内面の美しさが光っていました。
姉が皆に慕われるのがそれ故のものだったことに気付いて以来、内面では勝てないことを悟った私は、見目良くあることを心掛けました。
その結果、姉と違い、お友達は多くできました。
しかし、そのお付き合いは上辺ばかりで、楽しくも喜ばしくもない日常を過ごすことになりました。
ですが、こんなことのためにこの心を偽り、偽物の笑顔を作らなければならないことが多くあったのです。
本当に忌々しい......。
そんな他の家との親交の中、私が真に笑うことができたのは、アリオス様という伯爵家のご子息の方の前だけでした。
アリオス様は落ち着いた雰囲気を持ち、お顔も整っており、頭も良い、非の打ちどころのない方です。
私は一目見て惹かれましたが、アリオス様は姉の婚約者でした。
私が4つか5つの頃、お茶会の場で出会った2人は互いに惹かれ合い、そのまま正式に婚約者となりました。
その仲睦まじい様子は時が経っても変わることはなく、私はそれを見ては心に駆け巡る強い嫉妬を感じていました。
体の弱かった姉は、いつもアリオス様に気にかけてもらっていました。
私はそんな姉を羨むばかりでしたが、今思えば、心に決して揺らがない芯が通っているからこそ、体の弱ささえも魅力として映っていたのでしょう。
アリオス様は姉と話すとき、普段にも増して穏やかで冷静でした。学院にいるときと異なり、話を色々と振る必要のない、心地の良い沈黙の中に身を置いていました。
一方、私の前では、努めて笑顔を浮かべていました。私ほどに強く貼り付けたものではありませんが、同じ類であったことは、疑いようがありません。
……アリオス様は、姉の前でのみ、真に自分を曝け出していたのです。
私はひどく惨めになり、姉と過ごすのを避けるようにしました。
......姉に勝とうとすればするほどに、姉との差を感じました。
平民として生まれていればこんなにも苦しまなかっただろうと、何度そう思ったか分かりません。
いっそのこと家を飛び出せばいいのだと思いましたが、それでは姉に勝つことも、アリオス様の目を私に向けることもできませんから、姉を苦しめるために恨みつらみを綴った置き手紙の用意はしても、結局実行はしませんでした。
そんなある日、好機が訪れました。
アリオス様が屋敷に滞在していたとき、姉が突然、私の部屋に顔を出しました。
そして「お疲れになっているようだから、訪ねないように」と告げて去っていきました。
私はこれを聞いて即座に部屋に行くことを決め、アリオス様が寝ているのをいいことに無理やりに既成事実を作りました。
後で自身の体に訪れた痛みに顔を歪めることになりましたし、同時にもうアリオス様への恋慕の情の一切が無くなっていたことを自覚しましたが、ともかく私はこれによって姉を出し抜いたのです。
私は姉に勝るものができたことを大いに喜びました。
これ以来、アリオス様はこのことを秘匿するため、私からの呼び出しに応じざるを得なくなりました。そして姉は図らずもそんなアリオス様の様子に不安を抱くようになりました。
......そして、姉は先日亡くなりました。自ら毒杯を呷ってのことでした。どうやら姉は、私の想像以上に心が摩耗していたようなのです。
しかし、毒杯などと、死の際にまで「貴族らしく」あろうとしたのは、甚だ不愉快でなりません。
......姉は手紙を書き残していました。
その日に見た夢から始まるそれは、アリオス様を慕う気持ちと、私への愛情が込められていました。
私は侍女から渡されたそれを読んで、あまりに悔しくなり、そのまま破り捨てました。
結局、私は姉に勝つことはできませんでした。
私は「恋敵」に対して、幸せを願う言葉を述べることは到底できません。
ですが、姉はそれをやってのけました。それも、死ぬ直前の最後の一文でです。
どれだけ着飾ろうと、貴族としての気高い在り方には遥かに及ばないことを、姉は最後まで突きつけてきたのです。
……この胸中は、身近な誰にも話せません。
だから私は今日、ここに来たのです。一切を漏らされることがありませんから、ありのままを晒せます。
一通りを告白できて、満足しました。ありがとうございました」
言い終えるやいなや、目の前の御令嬢は立ち上がり、満足そうに一礼すると、止める間もなく去って行きました。
これでは助言などできるはずがありません。
「まあ、随分と身勝手で、醜い人……」
私はこれほどまでに嫉妬深く、自分本位な方は初めて見ました。
あれでは「貴族らしく」いられないのも納得するほかありません。
彼女の姉君がどのようなお人柄だったのか、私はその実際を知りませんが、彼女よりも「貴族」という身分に相応しい方だったことは間違いないでしょう。
それにしても、告解室でこんな礼儀も礼節も欠いた態度をとるなんて。
ここでの告白は確かに他人に漏らすことはありませんが、私を通じて神に届いていることを忘れているんじゃないかしら。
それから少しした頃、この教会のある領地の貴族の令嬢が若くして発作によって亡くなった、という噂が届きました。
それを聞いた私の思いは、ただひとつでした。
「天上に居られる神は、あの方が生きるのを否としたのですね」
最後までお読みくださりありがとうございました。
「貴族らしく」あるために努力を惜しまない姉への嫉妬から、やがては恋情さえも失ったという意味ではもの悲しく思えますが、やはり醜い行為であることに変わりはありませんね。
どれだけ相手に大切に思われていても、伝わらないものは伝わらないのです。
重ね重ねになりますが、評価・感想、ブックマークをいただければと思います。よろしくお願いします。