白子、京の都へ
「いづれか清水へ参る道、京極くだりに五条まで、石橋よ、東の橋詰、四つ棟六波羅堂、愛宕寺、大仏、深井とか、それをうち過ぎて八坂寺、一段上りて見下ろせば、主典太夫が仁王堂、塔の下天降末社、南をうち見れば、手水棚、手水とか、御前に参りて恭敬礼拝して見下ろせば、この瀧は様がる瀧の、興がる瀧の水〜」
上機嫌で傀儡女たなはは歌を歌う。
京の都にある清水寺の歌で寺に至る道から寺の周辺、そして寺の本堂に関する歌で流行歌として流行っていた。
「お、いたいた」
相変わらず人気のない砂利道で琵琶の手入れをしている菖蒲。
目は見えないと言っても菖蒲の耳は良い。
遠くからでも足音で自分が来た事は気づくだろう。
それでそーっと足音を立てずに近づいた。
「誰ですか?」
琵琶を手に菖蒲が警戒した声で言ってきた。
「私だよ」
「たなは姉さんですか、そろそろと近寄って来られたので誰かと思いました」
「悪い悪い、驚かせようと思って」
「驚かさないで下さい」
「それにしても相変わらず耳が良いね、本当に足音立てずに近づいたのに」
「はい、僅かな…ほんの僅かな音でも聞こえますから」
「大したもんだ、私なら絶対に気づかないね」
あはは、と笑うたなは。
菖蒲もつられて笑う。
「姉さん、この間はありがとうございました」
「ああ、良いお湯だったね、生き返ったよ」
「私もお陰で体調が良くなりました」
「それは良かった」
「そろそろ寒くなってくる季節ですね」
「まったく、冬は苦手だよ」
「私もです」
「食べていけてるかい?」
「はい、何とか、ここのお姫様達とも仲良くなりました」
「言ってた大姫様や三幡様かい」
「あとこの間鎌倉殿の若君様とも知り合いました」
「へー、そりゃ良いね」
「みなさん親切な方達ばかりです」
「今は世知辛い世の中さ、そういう縁は大事にした方がいいね」
「はい」
「いやね、どうしてるのかと思ってさ、うまくやってるならそれが良いさ」
「たなは姉さん」
「何だい?」
「京に行かれるんですよね?」
「ああー…うん…どうする?、今日はそれを聞きに来たのさ」
「行きます、京に」
「本当に?」
「はい」
「ああー良かった、断られたらどうしようかと思った」
「大袈裟です」
「いやね、旅は楽しい方がいいから、ウチの連中もアンタを気に入ってるしさ」
「そうですか、私もたなは姉さん達が好きですし一緒なら心強いです」
「あはは、なら行こう、京の都に」
「はい」
菖蒲は鎌倉を離れて傀儡一座と一緒に京に行く事になった。
都の空気に触れたいという思いと様々な物語に語られる京に実際に行くという期待に胸を膨らませながら。
【いづれか清水へ参る道〜】
これも梁塵秘抄に載っている歌謡