表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白女の琵琶  作者: ナウ
6/8

白子と源氏の跡継ぎ

「おい、君」

「はい?」


温泉から鎌倉に帰った菖蒲。

そして町の一角で筵を広げて座り琵琶の調子を調べていると声をかけられた。

若い男…年齢は…菖蒲よりも随分と高い。

しかし元服しているかと言われれば微妙な年齢の声だ。

我が強そうではあるがどことなく寂しげな…そんな声。

匂いは悪く無い。

これは良い食べ物を食べている匂いだ。

匂い的には身分の高い人間独特の匂いがする。


「何でしょうか?」

「君は菖蒲という琵琶弾きで間違いないか?」

「そうです、間違いありません」

「俺は頼家という」

「はぁ…」

「大姫姉さんが君の事を話していたので見に来た」

「ああ、、大姫様の弟様ですか」

「うむ、君は物語を歌にして琵琶を弾くと聞いた」

「まぁ…法華経などのお経は得意としておりませんので」

「ならば一曲、面白い話を聞かせてくれ」

「面白い話ですか?」

「そう、こう戦いとか戦さとかそういった類の話がいいな」

「戦いですか…」

「知らないか?」

「…幾つかは知っていますが望まれている話かどうかは分かりません」

「構わない、何でも」

「えーと…それでは…頼家様は源氏のお方ですよね?」

「そうだ、源氏…河内源氏の血筋の者だ」

「同じ源氏の名前を持つ源頼信様・頼義様のお話を少々」

「ほう、俺の先祖に当たるな」

「そうなんですね?、では…」


そう言うと菖蒲は琵琶を掻き鳴らした。



今は昔、河内の前司、源 頼信朝臣と云ふ兵ありき。

東によき馬持たりと聞ける者のもとに、この頼信朝臣乞こひにやりたりければ、馬の主いなびがたくて、その馬を上せけるに、道にして馬盗人ありて、この馬を見て、きはめて欲しく思ひければ、「構へて盗まむ」と思ひて、ひそかに付きて上りけるに、この馬に付きて上る兵どもの緩むことのなかりければ、盗人、道の間にてはえ取らずして、京まで付きて、盗人上りにけり。

馬は率ゐて上せにければ、頼信朝臣の厩に立てつ。


しかる間、頼信朝臣の子頼義に、「我が親のもとに東より今日よき馬率て上りにけり」と人告げければ、頼義が思はく、「その馬、由なからむ人に乞ひ取られなむとす、しからぬ前に我行きて見て、まことによき馬ならば、我乞ひ取りてむ」と思ひて、親の家に行く。


雨いみじく降りけれども、この馬の恋しかりければ、雨にも障はらず、夕方行たりけるに、親、子にいはく、

「など久しくは見えざりつるぞ」など言ひければ、ついでに、「これは、この馬、率て来たりぬと聞きて、これ乞はむと思ひて来たるなめり」と思ひければ、頼義がいまだ出でぬ前に、親のいはく、「東より馬率て来たりと聞きつるを、我はいまだ見ず。遣せたる者は、よき馬とぞ言ひたる。今宵は暗くて何とも見えじ。朝見て心につかば、速すみやかに取れ。」と言ひければ、頼義、乞はぬ前にかく言へば、「うれし」と思ひて、「さらば、今夜は御宿直つかまつりて、朝見たまへむ。」と言ひてとどまりにけり。

宵のほどは物語などして、夜更ふけぬれば、親も寝所に入りて寝にけり。

頼義も傍らに寄りて寄り臥ふしけり。


しかる間、雨の音やまずに降る。

夜半ばかりに、雨の紛まぎれに馬盗人入り来たり、この馬を取りて、引出でて去りぬ。

その時に、厩の方に人、声をあげて叫びて言はく、「夜前率て参りたる御馬を、盗人取りてまかりぬ」と。

頼信、この声をほのかに聞きて、頼義が寝たるに、「かかること言ふは、聞くや」と告げずして、起きけるままに衣を引き壺折りて胡箙をかき負ひて、厩に走り行きて、自ら馬を引きいだして、あやしの鞍のありけるを置きて、それに乗りて、ただ独り関山ざまに追ひて行く心は、

「この盗人は、東の者の、このよき馬を見て、取らむとて付きて来けるが、道の間にてえ取らずして、京に来たりて、かかる雨の紛れに取りて去りぬるなめり」と思ひて行くなるべし。


また、頼義もその声を聞きて、親の思ひけるやうに思ひて、親にかくとも告げずして、いまだ装束も解かで丸寝にてありければ、起きけるままに、親のごとくに胡箙をかき負ひて、厩なる関山ざまにただ独り追ひて行くなり。親は「我が子、必ず追ひて来らむ」と思ひけり。

子は「 我が親は必ず追ひて前におはしぬらむ」と思ひて、それに遅れじと走らせつつ行きけるほどに、河原過ぎにければ、雨も止み空も晴れにければ、いよいよ走らせて追ひ行くほどに、関山に行きかかりぬ。


この盗人は、その盗みたる馬に乗りて「今は逃げ得ぬ」と思ひければ、関山のわきに水にてある所、いたくも走らずして、水をつぶつぶと歩ばして行きけるに、頼信これを聞きて、事しもそこそこに、もとより契りたらむやうに、暗ければ頼義が有り無しも知られぬに、頼信「射よ、かれや」と言ひける言葉もいまだ果てぬに、弓の音すなり。

尻答へぬと聞くに合はせて、馬の走りて行く鐙の、人も乗らぬ音にてからからと聞こえければ、また頼信が言はく、「盗人はすでに射落としてけり、速やかに末に走らせ会ひて、馬を取りて来こよ」とばかり言ひかけて、取りて来らむをも待たず、そこより帰りければ、末に走らせ会ひて、馬を取りて帰りけるに、郎等どもはこのことを聞きつけて、一、二人づつぞ道に来たり会ひにける。

京の家に帰り着きければ、二、三十人になりにけり。

 

頼信、家に帰り着きて「とやありつる、かくこそあれ」といふこともさらに知らずして、いまだ明けぬほどなれば、もとのやうにまたは這い入りて寝にけり。

頼義も取り返したる馬をば郎等にうち預けて寝にけり。


その後、夜明けて、頼信出でて頼義を呼びて、「稀有に馬を取られざる、よく射たりつるものかな」といふこと、かけても言ひ出でずして、「その馬引き出でよ」と言ひければ、引き出でたり。

頼義見るに、まことによき馬にてありければ、「さは賜りなむ」とて、取りてけり。

ただし、宵にはさも言はざりけるに、よき鞍置きてぞ取らせたりける。

夜、盗人を射たりける禄と思ひけるにや。

あやしき者どもの心ばへなりかし。

兵の心ばへはかくありける、となむ語り伝へたるとや。



歌い終わる菖蒲。

頼家はと言うと何か鼻を啜っていて泣きそうな感じになっている。


「あの…頼家様?」

「ん…ああ…とても良い話だ、感動した」

「そうなんですか」

「うむ、まったく良い話を聞けた、満足だ、褒美はここに置くぞ」

「ありがとうございます」


頼家はとても嬉しそうにしながら去っていった。

褒美を貰った菖蒲もまたニンマリと笑顔になった。

【頼信・頼義と馬盗人】

今昔物語集に収録されている話。

今昔物語集は平安末期に成立したとされている説話集。

作者は不明。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ